82.新しい一面を見た時、それは相手と距離が縮んだ時だ。

新しい一面を見た時、それは相手と距離が縮んだ時だ。

知っていること以上の、新しい何かを相手が見せてくれた時、私は素直に嬉しく感じる。

一歩だけ、相手との距離が縮まった証拠だし、その相手を大事にしなければならない理由が1つ増えるから。


「ナルホド。ソレデ、ハッサガ、デバッテキタト」


余り足を運んで来なかった通りにある茶屋の妖は、事情を知ると、そう言って頷いた。

ここで過ごして、オレンジ色の空にならなかった初めての日。

外に見える黒い雨の強さは、降りはじめと変わらずの本降りといった所。


「チョット、マッテ」


朝食の後、八沙が妖を捕まえて訳を話すと、妖は少しだけ考え込む素振りを見せ、すっと入り口の方へ歩き出し、暖簾を仕舞って扉を閉め切った。


「え?閉めて良いの?」

「ダイジナ、ハナシ、ダロ?」


躊躇なく店を閉める妖。

濡れた暖簾を扉の横に立てかけて、私達の座った席の近くに腰かける。


「こうすれば意思疎通も問題ないかな?絵描きさん。こっちの言葉も上手だったけどもね」


雨の音が聞こえてくるだけになった店内。

一段階、声を潜めた妖の口から出てきたのは、流暢な日本語。

ダンディという表現がピッタリハマる、渋みのある語り。


「江戸時代よりも前って、こんな話し方じゃないよね?八沙」

「どうでしょうね。ずっと過ごしていれば、些細なものです」


八沙にジトっとした目を向ける。

彼は、涼しい顔をしたままそう言い切った。


「で、見返りは何が良い?」

「何時も通り、八沙の"気持ち"で良い」

「今回はチト、厳しめの採点になりそうだけど」

「良いよ。大体何を聞かれるかは想像できてる。持ち合わせの情報じゃ足りないはずだ」


八沙と妖の会話。

牽制し合ってる様な言葉と口調。

だが、不思議と緊張感は感じなかった。


「それで、絵描きさん。"ゴノヤカタ"の人攫いの話で、会ってるかな」

「沙月で良い。昨日、そこに行って、こっちの世界から連れ去られた人間を見てきた」

「昼過ぎのドンパチだよね。中央の市場の一角で」

「合ってる。知りたいのは、そこに現れた2人の男の行方」

「そうか…」


事の顛末と尋ねたいことを話すと、妖は"やはり"と言いたげな顔を浮かべて顎に手をあてる。


「幾人かの"流れ者"が斬り捨てられて奉行所に捕まった。確か、それも、最近だったはずだけど、沙月さんの仕業かな?」

「丘の方の話なら、そう。急に襲われてね」

「なるほど。俺も、そこら辺の話は、断片的にしか知らないんだが」

「それでもいい」


もどかしい反応を見せる妖。

彼は、少し自信無さげに口を開いた。


「まず、沙月さんと八沙が追ってる奴の話は一切知らない。どんな奴かを聞いても、多分無理だ。恐らく人に化けてるのだろう?なら、"それらしい"奴は、ここでは否応なしに目立つのに、一切その手の妖の話を聞かないんだ」


妖は、最初にそう断りを入れると、少し間を置いてから話を続ける。


「ただ、あの市場。人が居るんじゃないかって思ってたんだ。人を知ってる妖なら、そう思っただろうな。人は匂いが独特だし、間違いないだろうって。それで、怪しい倉庫の目星を付けていた。でも、そこには巨大な妖が居るだろう?」

「ええ。"運び人"って呼んでたけど。別世界の妖でしょう?」

「そうだ。彼らが邪魔でな。外で話す分には真面なのに、仕事となれば豹変する。手出しは出来なかった」

「知ってる」

「だろうな。で、まぁ、なんだ。人が居ようが俺には関係ないだろう?だから気にしてはいなかったんだが、ある日、ウチに沙月が言う"運び人"が来てな…ちょっと待っててくれ」


妖はそう言うと、席から立ち上がって店の奥に消えていく。

その間に、八沙の方にジッと視線を向けると、彼は普段通りの顔を浮かべたまま首を傾げた。


「たまに"外"に出てるよね。あの様子じゃ。使ってる言葉が現代っ子だ」

「隠す事でも無いんですけどね。昔馴染みの1人です」

「よく"本家"にバレないものさ」

「騙すのは得意ですし、隠すのもお手の物ってことで。案外、本家の人間は騙されやすいかもしれません」


そう言って薄気味悪い笑みを浮かべる八沙。

私とよく似た顔で作られた顔は、多分、いつの日か私も浮かべていそうな表情だ。


「別の方面から、あの2人に当たりそうですね」

「ええ。何でも良いから、面を見たいよね」


話しているうちに、妖が戻ってくる。

手にしていたのは、"私の世界"のメモ帳。

最早、私に"違反"を隠す気は無いらしい。


「"運び人"の予定みたいなのを話していたよ」

「客の会話をメモしてるの?」

「情報収集の基本さ」


メモ帳を開いて言った妖に突っ込むと、彼は八沙の浮かべた顔と似た表情を浮かべる。

その顔を見て、この妖と八沙がよく似たもの同士なのは良く分かった。


「この通りでは無いが、魚河岸から幾つかの通りを"練り歩く"らしい」

「ええ。大名行列みたいにね。楽器演奏に駕籠に、時代劇みたいだった」

「それそれ。練り歩く道順はこんな感じ。会話から起こしたけど、多分合ってるはず」


メモ帳の、別のページを開いた妖は、躊躇なくそのページを破って渡してくれる。

魚河岸から、蕎麦屋の前を通って、そのまま丘の奥へ抜けていくという、ほぼ一本道のルートだった。


「結構長いね」

「先頭と中盤、最後尾が腕の立つ"運び人"。間を新人が埋める形で行列を作り、丘の奥で消える。ただ、丘を上がる前に見物客は払われて、誰もその先を見たことが無いのだとさ」

「どうなるかは、まぁ、想像がつく。知らない方が良い」

「別世界に行くとか?」

「当たり」


妖にそう言って苦笑いを向ける。

彼は、私と同じ顔を浮かべた。


「仕事もあるし、ちょっと通りが違うから、行列を見たことは無いけど。その行列に、昨日、沙月さんが斬った"流れ者"が周りで目を光らせてる。で、まだ、情報には続きがある」

「続き?」

「大体の開催頻度さ。恐らく、明日だろう。あるとしたら」


何気なく語られた情報に、私と八沙は顔を見合わせた。


「昨日の一件があるから分からないけど。一昨日来た"運び人"はそんなことを言っていたな。位の高そうな奴だった」

「そう。でも、"商品"は昨日で大分使い物にならなくなったけど」

「死体でも使えるって言ってた。確かに、腐り切ってなけりゃ人って食べれるんだ」


人である私に、中々、黒い冗談を言うものだ。

口元を引きつらせた私に、妖は更に畳みかけてくる。


「腐って無ければ、中に何か入れて動かせるってのも聞いたかな。ま、ちゃんと商品だ」

「人相手に凄い事言うね」

「そうでもないよ、沙月さん。今の沙月さんなら、"やってても変じゃない"風格だもの」


妖は、どこか含みを持たせた様な口調でそう言うと、メモ帳に目を向けて言った。


「"運び人"はやれと言われれば絶対にやる。中止ってことは無いと思うよ」

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