81.相手が変われば、同じことをやっても全然違う結果になる。

相手が変われば、同じことをやっても全然違う結果になる。

前までの相手なら出来ていたことが出来なくなるし、その逆もまた然り。

どっちが良いかなんて考える前に、その違いをジーっと見つめて観察しないと、間違った判断を下すことになるわけだ。


「降ってきましたね」


藍色の空は、そのままオレンジ色に変わらなかった。

朝、日が昇る前のような、群青色の空へと変化した空からは、黒い雨が降っている。

貰っていた傘を開いてさして、通りの隅に立ち止まった。


「残りは昼間の店宛てだけど、この時間じゃ半端ですね」

「戻って何か食べる?」

「それなら、朝からやってる店がありますよ。通りが違いますが」


モトの家の近く。

戻っても良かったが、八沙の言葉に乗る事にする。


「沙絵、そろそろモトを帰してる頃かな」

「恐らく。人間基準だと死んでておかしくないですが、妖基準じゃ軽傷ですし」

「この間、私も腹打ち抜かれたけど、案外動けるものだよね」

「その考え、今のが終わったら暫く無しですからね」

「分かってる分かってる」

「帰ったら制服の裏に仕込んだ呪符、外してくださいよ?」


雨の通り。

夜の妖から、朝の妖へ、行き交う妖の性質が変化する境目の時間帯。

そのどちら側でも無い私達は、通りの隅をゆっくり歩く。

流石に、夜通し歩いて話してを繰り返せば、それなりに足に来るものだ。


「めんどくさいなぁ」

「ならば、夏服の半袖で良いのでは?上にカーディガンでも羽織って」

「普段、冬服の上にカーディガンでも寒いんだよ?まだ北海道じゃ無理」

「そうですか。そう言えば、こっちに来てからはどうだったんです?京都の気温では」

「それでも少し肌寒いかも」


他愛のない会話の中。

不意に、八沙はフリーになった右手を私の首筋にあててくる。


「いっ!」

「すいません、失礼します」

「やってからじゃ遅いって」

「随分冷たいんですね」

「妖だからでしょ」

「半分近くは人間です。体温が下がるのは最後。だから、今の体温は人としての体温です」


真剣味が混じってくる八沙の声色。

手を離すと、八沙は私の顔を見つめて小さくため息をついた。


「入舸の人間って、元々体温低いんですが。これはちょっと低すぎます」

「分かりましたよ。向こうに戻ったら、暫く呪符にも触らない」


今の八沙の、自分とよく似た目付きにジッと見つめられれば逆らえない。

傘を持ってない手を上げて降参したが、それでも八沙の表情は緩まなかった。


「元治様とは、こちらで何をしていたんです?」

「朝起きて修行に付き合って、昼に聞き込みをして夜に帰って寝るの繰り返し」

「修行。元治様に、沙月様の呪符が貼られていましたが、それでもあそこまでの妖力は無かったはず。彼は一体どんな修行を?」

「部屋を持ってるでしょ。半分、住んでるに近いんじゃない。この辺りの土地勘もあったし。去年会った時とは、元々力が雲泥の差だったもの」


八沙の問いに答えていくと、彼の表情は一段階険しくなる。


「修行で模擬戦をやりました?」

「やった。3本先取。ハンデ付けたら吹き飛ばされたよ」

「そうですか」


素直に答えると、八沙は顎に手をあてた。

少しだけ考え込むと、懐からスマホを取り出す。


「八沙、ここじゃ目立つよ」

「すいません」


開いてすぐに懐へ仕舞う。


「何時だった?」

「朝の7時半過ぎってとこです」

「そう。で、2つ交差点過ぎたけど、まだ先?」

「いえ、次の交差点の角です」


時間確認を挟むと、八沙の表情は元に戻る。

少しだけ眉の位置が低かったが、声色は概ね普段の八沙だ。


黒い雨が降り続く中。

道端に、水溜りが見えるようになってきた。


"現実"のような硬い地面ではない"異境"の道。

少しだけ足元が柔らかくなり、歩きにくくなる。


「あの店?」

「そうです」


3つ目の交差点。

指したのは、交差点を渡った先、右奥にある茶屋。

この"異境"では珍しく、朝から暖簾がかかっている。


店の前までやって来ると、傘を閉じて中に入って行った。

入ってすぐ、履物の泥を落としていると、店の奥から妖が顔を覗かせる。


「オオ、ハッサ。ダヨナ、イマノ、ナマエ」

「そう。八沙。こっちは沙月」

「シッテル。エカキダロ。ミタメ、カワッタガ」

「有名人ですね」

「私も知ってるから。絵も書いて、取り込んでる」


八沙と顔馴染みの妖。

私にも彼と面識があった。


初日、酒に酔いつぶれた酒屋で"絵を書いて取り込んだ"妖。

あの夜の妖達の顔はあまり覚えていないが、"現実"の世界に居そうな男の顔をしている彼の事は、妙に記憶に残っていた。


「へぇ。お前が?よく許可したな」

「エカキ。オマエガ、ヨク、ハナシテ、イタローガ」

「そうだっけ?」

「八沙のお蔭だったの」


言葉を交わしつつ、誰もいない店内で、妖に通されたのは空いていた隅っこの席。

テーブルを挟んで座ると、妖が茶を持ってきてくれる。


「注文は?」

「八沙のお勧めで」

「じゃぁ、何時もの2つと、甘味とやらを1つ」

「はいよ」


注文を済ませると、妖は奥に消えていった。


「元々は"現実"に居た天狗なんですよ」

「へぇ。でも、あの喋りじゃ、大分前だよね」

「はい。江戸になる前の話ですけど。街道脇で茶屋を開いて、旅人を騙していた奴です」

「昔話でよくありそうな話さね」

「色々あって、今では僕の使い。情報屋なんですよ」


何気ないカミングアウト。

呆気にとられた顔を彼に向けると、八沙はニヤッと口元を吊り上げる。


「本家と関係なく、情報収集に長けてる。向こうは僕の後ろ盾。良い間柄でしょう?」

「仲の良い旧友とかじゃないんだね」

「色々あって、今はそれに近い間柄ですよ。最初は、ピリ付いていましたけど」


そう言うと、八沙は茶の入った湯呑に手を伸ばした。


「防人としての僕と、普段の僕の線引きを曖昧にはしたくなかったんですけどね」

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