80.時間が変われば、そこに棲む者達はガラリと変わる。

時間が変われば、そこに棲む者達はガラリと変わる。

昼間の間は何の変哲もない場所でも、暗がりになってしまえば話は別。

暗い所、人目につかない所であればあるほど、危険度は増していくものさ。


「遅い」


藍色の空が、碁盤の目の街に暗闇を作り出す時間帯。

モトが暮らす長屋の前の壁に寄り掛かって、八沙が出て来るのを待っていた。


「お待たせしました」


少し時間を置いた後。

八沙が出て来て私の傍にやって来る。

手に握られていたのは、結構な数の紙袋。


「待ったけど、それは?」


まさかの持ち物に、私は首を傾げて紙袋の方に目を向ける。

それは京都の街中のデパートに入っている、それなりに老舗の和菓子屋の紙袋。

中を覗き込めば、そこの和菓子の詰め合わせみたいな紙箱が幾つも入っていた。


「お土産です」

「知り合いでも居るの?」

「居ますけど、そうじゃないです。ちょっと面通しする必要があって」

「どういう事?」

「歩きながら説明しますよ」


そう言って歩き出す八沙の横に並ぶ。

これから繰り出すのは、暗闇に染まった繁華街。

暗闇の中、明かりらしい明かりは行燈の光位しか無い。

だけど、昨日までの夜の光景よりも、輪郭がはっきりと見えるようになっていた。


「明るいね、今日は」

「明るくないです。今の沙月様は、妖みたいなものですから」

「妖って暗くてもこんなに良く見えるの?」

「どれだけ明るく見えてるか分かりませんが、まぁ、普通に見える程度には」

「便利だね」


周囲を見回しながら一言。

横を歩く八沙の顔が、少し曇った。


「人にとっては、良い事じゃ無いんですよ?」

「分かってるって。それで、その土産の使い道の話してよ」

「ああ、そうでした」


通りを歩いている最中。

普段見る妖とは違う、人型のそれとも違う、妖らしい"化け物"の中に紛れた私達。

八沙は、両手一杯に手にしたそれを掲げると、そのまま、"蕎麦屋"があった方へ顎を指し向けた。


「蕎麦屋があった通りの皆様に配るんです」

「なんだってまた」

「防人の管理下にある異境ですから、色々面倒なんですよ」


暗闇の中。

八沙の顔を照らす影は、私とよく似た顔を妖しく照らしている。


「蕎麦屋が28号と関係していたという事実は、防人本家にとっては手痛い失点です。人間的な経済活動をしていて、それなりに立場がある妖が、敵対している組織と繋がっていたのですから」

「スパイみたいなものか」

「ええ。なので、この先。今回の事が終われば、結局、防人本家から"執行部"が送り込まれて"捜査"されるでしょう。そのお詫びというのが1つ目の理由です」


私は小さく頷くと、ジッと八沙を見据えて先を促した。


「2つ目の理由ですが、沙月様が関係してます」

「私が?」

「はい。この後、"百鬼夜行"に頼るかもしれないので」


あっけらかんとした口調で言った八沙。

その表情、冗談は言っていないようだ。


「"出荷"する人間を駕籠に入れて運ぶ。そこで使われる妖は、28号の世界に棲む妖で、28号達にとっては家畜の様な存在です」

「人で言う、馬とかその辺?」

「如何にも。仕事に関わらない所では、温厚で戦いを好みませんが、仕事中だけは別。命に変えてでも"荷物"を死守するでしょうし、邪魔するだけでも攻撃してくる様な存在です」

「斬り捨て御免か」

「古風ですよね。なので、この先、もし、決着を付ける時に"行列"が出来ているのであれば、そんな連中を相手にしなければならない。周囲の家々を壊す事になるかもしれませんからね」

「その謝罪用ってわけだ」

「はい。後では"執行人"が仕事にかかるでしょうから、一足先に保険をかけておこうかと」


そうこう言ってる間に、通りの上に白い提灯が5つぶら下がる通りにやって来た。

オレンジ色の光が照らす時間とも、蕎麦屋で酔いつぶれた時の時間とも違う、正真正銘の真夜中の時間帯。


行き交う妖の数はそんなに変わらずとも、姿は大きく様変わりしており、さながらその様は百鬼夜行とよく似ている。

店は昼間と同じように開いている店もあるのだが、幾つかの店は閉まっていて光が消えていた。


「開いてる店だけで良いです。後は朝になってからで」

「アバウトだね。仕事だっていうから外に出てきたのに」

「ついでに、僕のツテも辿って調べものです」

「調べもの?何の?」

「葉津奇と段陀の行方ですよ。共に、人間に変化した時の姿なら、目立つでしょう?」

「この時間に?」

「今日、昼間に聞いて回ってたんですけどね。全部空振りだったので。それなら、日の変わった夜中ってことです」


そう言うと、八沙は早速開いていた店に入って行く。

そこは、昼間、私とモトも訪れた傘屋。


「どうも」


入った先、昼間とは違う妖が姿を見せた。

人ではなく、宇宙人のようにも見える奇妙な妖だ。


「ム?エカキ、ヌエト、シリアイ、ダッタノカ」


だが、彼は私の事を知っているらしい。

首を傾げてみると、彼は笑いながら姿を変え、見知った姿を見せた。


「ここでの聞き込みは無しですね。これ、どうぞ」


私達のやり取りを見ていた八沙が苦笑いを浮かべつつ紙袋の中の土産を渡す。

傘屋の主人は、それを受け取ると箱を見回しつつ首を傾げた。


「コレハ?」

「"蕎麦屋"が"異境の掟"を破ったから、この後の"面倒"の分。あと、もしかしたら、近々この通りで騒ぎが起きるかもしれないから、その迷惑料です」

「フム。ソバヤ、オキテ、ヤブリカ」

「そう。昼間もこの子と男の子が来たはずだけど。人に化けた妖を見てませんか?」

「イヤ、ミテナイナ」

「ですよね。どうも」


用事を済ませて店を出て行こうとする私達。


「アッ、マテ」


それを、妖が止めてきた。

足を止めて振り向くと、番傘を2本、渡してくる。


「ナニカ、アッタノハ、シッテル。カサ、コワレテタ。モッテケ」

「ああ、ごめんなさい。気づいてくれてたの」

「サワギ、ユウメイ。ダカラ、ナニカ、シッテルヤツ、イルカモ」


妖はそう言うと、私と八沙を交互に見つめた後で、空を見上げた。


「ソレニ、ソロソロ、アメ、フッテクルカモナ」

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