79.袋小路に追い込んだのなら、後戻りすることは無い。
袋小路に追い込んだのなら、後戻りすることは無い。
追い詰める気が無かったとしても、追い込んでしまったのであれば、所詮その程度の相手。
情けをかければ、やられるのはこちら側なのだから、そのまま押し込んでしまえば良い。
「戻ってこれましたか」
丸い窓の外、藍色の空が見えた。
ここは四隅を白い壁に囲まれて、青いカーペットが敷かれた現代的な部屋。
その一角、壁に寄り掛かっていた私の前に、八沙がしゃがみ込んで尋ねてきた。
「あー、ここは?モトの部屋?」
「はい、もう夜です」
普段通りの八沙の口調。
白菫色の髪を持つ、私によく似た顔の男の子形態。
さっきまでの同心姿ではなく、京都の街を歩く時の様な着物姿だ。
「どうやって私達の居場所を?」
「帰りが遅いので、今朝から潜り込んで色々調べ回っていました。ようやく情報が掴めて、魚河岸に向かった所で呪符の光が見えたので」
「それで私達がそこに居ると」
「はい。沙月様の呪符かと思ったのですが、あれは元治様のだったんですね。随分強くなっているようで」
「鍛えてるみたいだし、ここにきて鍛えてまた伸びてたし…で、モトは?」
ゆっくりと頭を動かせば、部屋の反対側、敷かれた布団の上にモトが横たわっている。
傍には沙絵がいて、呪符を何枚も使って治療している真っ最中。
昨日まで真っ白だった布団が、所々赤く染まっていた。
「大丈夫ですよ。軽傷です」
「とてもそうは見えないんだけどね」
「体は軽傷、内面は重傷かな。一先ず手当して、彼は"現実"に戻ってもらわないと」
「私はまだ働けと?」
「そろそろ体も動くでしょう?」
軽い調子でそういう八沙。
ヒュッと彼が小突いてきて、私は咄嗟に手を出しそれを防ぐことが出来た。
「本当だ」
「まだ感覚は戻って無いでしょうけど、もう健康体なんですよ」
「なんか、まだ、頭が動いてないというか。怠いんだけど」
「寝起きだからでしょう。沙絵!鏡貸して」
そう言って、沙絵から投げられた手鏡をキャッチして、私にそれを向ける。
「今の沙月様、こうなってます」
久々に見た鏡、そこに映った私の顔は、自分が知っている顔ではなかった。
さっき、刀に映った時のような、ちょっと歪な"人ではない"姿。
「うわぁ…」
鏡に映る私の顔。
白菫色の髪と、細い目つきをした顔はそのまま。
違っていたのは、右頬の傷痕と肌の色、そして頭の上に生えた狐の耳。
元ある傷痕が更に成長したような傷痕。
元々白い肌が、更に病的さを増した青白い肌。
そして、髪の色に合った毛の色をした、大きな狐耳。
聞こえがおかしいと思ったら、音はここを辿って聞こえているらしい。
人間の耳も、消えていないが、塞いだところで外から聞こえてくる音に変化が無かった。
「本物だ」
意識させればヒョコヒョコと動く。
触ってみれば、そこだけ猫を触ってるかの様な感触。
耳の周りだけ、ほんのりとモフモフして暖かい。
「やっぱり、夢の中なんじゃない?」
「現実です、沙月様。さっき色々見させて貰いましたが、外に出れば、まだ人に戻ります」
「そうなの?」
「"純度"が違うので。僕達の様に、人間の匂いが消えてはいないのです」
「そんなものなの。でもなんで耳が?」
「角じゃないのは変ですけどもね。入舸の者はそれなりに"色々混じって"いるので…」
鏡を沙絵の方に投げ返す八沙。
一度沙絵の方に向けられ、こちらに向いた彼の顔は、ほんの少しだけ真剣味が違っていた。
「して、沙月様。元治様と2人、託された仕事の内容は覚えていますか?」
丁寧な口調。
だが、その声色は少しだけ低められている。
私は、コクリと頷いた。
「拠点だけ見つければ良かったんでしょ」
「はい。どうしてああなったんですか?懐まで入り込んで」
「見つけて帰ろうとはしたさ。ただ、鬼に囲まれて」
「鬼に?」
「降ってくるついでに斬ったあの鬼。あの鬼、近所の蕎麦屋の店主さ」
そう言って、事の顛末を話す。
八沙の表情は、その間、一切変わらなかった。
「あそこで終わっても、その下の倉庫までは分からなかった」
「怪我の功名でしょうが、どの道、悪手です。魚河岸の中というだけで、後は本家の"執行部"に任せておけば良かったのですから」
ひとしきり説明しきった後、この形態の八沙に珍しく叱られる私。
気まずさを感じつつも、立ち止まる事もせずに突き進んで、私の姿がこうなってしまったと考えれば、彼のいう事が全てにおいて正論だった。
「それで、私達を連れ戻しに?」
「いえ。最初はそのつもりでしたが、そうも言ってられません」
一通りの"お叱り"の後。
八沙は私の問いに首を横に振る。
「元治様はここまでですが、沙月様はもう少し、居てもらいます」
「1人?」
「僕が付いてます。目標は拠点の壊滅。彼らも放っておかないでしょうから」
「壊滅。葉津奇と、ギター男を消せばいいの?」
「ええ。目撃証言のある28号はあの2人。ギターの方は段陀沢と言います。沙月様が知らないのは意外でしたが」
「そう?あの男、見た覚えなかったけど」
「偶に沙月様が聴いてる、"THE Twenty Eight"というバンドのギターボーカルですよ」
「え?あんな顔だったっけ?」
八沙の情報に、私は思わず目を見開く。
目と同時に、頭の上の耳も動いていた。
「ダンダンって、確かにモトも言ってたけど、まさかそのダンダンだとは思わなかった」
「元治様も知っていたのですか」
「曲、良い趣味してたのに。"Tod Leopard"とかさ。あぁ、この辺の妖だったの」
「彼が妖なのは知っていましたが、まさかでした。バンド名も随分ストレートで」
八沙はそう言って苦笑いを浮かべた。
「確かに。28号って、まさかと思っても、冗談にしか聞こえないしね」
「ええ。兎に角、葉津奇と段陀のどちらかを捕まえ、あの趣味の悪い"ドナドナ"を終わりにさせれば、僕から上に報告ができます。後の事は任せてください」
「倒すまでは、私の力がいるって?」
「はい。時間も手すきの人間もいませんので」
その言葉に、小さく頷く私。
再びモトの方へと顔を向ければ、彼の容体はさっきよりも大分マシになっていた。
「沙月様、もう少しで外に出ます。準備を」
八沙に言われ、私はゆっくりと立ち上がる。
自分が思っていた以上に軽く動く体、八沙は、体を適当に動かして驚いている私に、さっきまで下げていた刀を寄越してきた。
「事が済めば、暫く妖の力とはお別れです。あと1日半、使える力は気にせず使って下さいね」
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