78.気まずい空気の中では、結局黙り込む事しか出来ない。

気まずい空気の中では、結局黙り込む事しか出来ない。

何か空気を変えようかと、思う事はあるんだけど、結局変え方を思いつかない。

だから、私はそのまま黙って、時間が過ぎるのを待っているだけ。


「ナ…!」


オレンジに染められた霧の中。

"人間置き場"と化した、魚河岸の中の倉庫の一角。

天井から降って来たのは、導火線に火が付いた何か。

小さな何か、導火線の火は、空中にいる間に燃え尽きてすぐさま派手な爆発音を鳴らした。


「深追いしないようにと、沙雪様に言われていたはずですよ?」

「まぁ、引くに引けなくなったから、もう仕方が無いけどね」


その爆発音、爆竹の音。

直後、更に2人分の人影が降ってくる。

同心みたいな、黒い羽織りに着流し姿の人影。

その髪は白菫色で、その顔は、見慣れた顔。


「ア…ア…!」


私とモトの間に着地した2人。

2人の登場と共に、この場を纏っていた霧が晴れていく。

沙絵と八沙は、気だるそうに立ち上がると、葉津奇とヤマシロの方へ振り向いた。


「沙月、1匹、やり残しましたね」


八沙の手には、いつの間にか抜かれていた刀が握られている。

その刀身、何者かの血が付いており、彼はその血を雑に拭うと、刀を鞘に収めた。


直後、ヤマシロの体はパラパラと崩れ落ちる。

両手足、首だけでは済まされない、文字通りの木端微塵。

ヤマシロは、悲鳴を上げる間もなく、言葉を上げることもなく、床に崩れ落ちた。

沙雪はヤマシロの頭を拾い上げて、それを懐から取り出した袋に突っ込む。


「聞きたい事が幾つかあってね」


袋の中、見えなくなったヤマシロの頭にそう語りかけると、視線は葉津奇の方へ。


「さっきまでの余裕は何処へやら。といった所かな、葉津奇ぃ?」


一瞬の間の出来事に、驚き固まる葉津奇の姿。

沙絵は、そんな彼を見て、ニヤリと趣味の悪い笑みを投げかけた。


何も持たずに佇む沙絵。

だが、葉津奇の様子は、さっきまでの余裕ある態度とは正反対。

顔中に冷や汗を流して震えている。


「久しいね。いつかの借りを返してやろうかと思ったけど。その様じゃあ、別にいいや」


沙絵の声は、いつも以上に棘が強い。

よく見れば、葉津奇の姿、右腕と顔の一部が"砕けて"いた。


「よくも…何故…だ」

「幾ら霧に隠れようが、手を砕かれちゃ、何も出来ないだろ」

「私の身体が、どうして!」

「アンタ、もう少し、自分に詳しくなるんだね」


砕けた手と耳から血を流す葉津奇。

更に、少し遅れて破裂音。

彼の左足が弾け、葉津奇も、私達と同じように床に崩れ落ちる。


「穴が開けば、やる事は同じ」


沙絵が赤紙の呪符を懐から取り出した。


「沙絵、待って!」


それを止めたのは八沙の声。

その辺りで、ようやく私の体は私の言う事を聞き始める。


「今はこっちに分が悪いです。雑魚1匹、動けないならそれでいいでしょう?」

「ふーむ?ああ、まだ、いるのか」


八沙の言葉に、沙絵は部屋の窓から外を見回して一言。

すぐに呪符を仕舞いこむと、私の方へと歩み寄って来た。


「元気があるなら、叫んでも良いですよ」


ようやく動き出した体。

私の腕を沙絵はグッと掴みあげて引き寄せる。


「ウグァ!」


言葉にならない叫び声。

激痛が体中を駆け巡り、表情が歪む。

そのまま沙絵に抱きかかえられると、私の口元は、沙絵の手に塞がれた。


「ゥー!ンンンーー!」

「シー。その元気が残っていれば十分です」


一気に体を動かされ、痛みに叫ぶ私。

塞がれた口元から漏れ出る悲鳴に、沙絵は悪戯が成功した時の様なニヤけ顔を向けた。


「では、撤収しましょうか」


そこから上へ飛び立つ。

急激な変化に、体が上げる痛みは更に増した。

最早叫ぶ事も出来ない私。

飛びそうになる意識の中、沙絵を掴む手だけは離すまいと力を込める。


終わらない浮遊感。

2人は長屋の屋根から降りてきたらしい。

気づけば、外に見える光景に、碁盤の目の街並みが見えていた。


ヒューっと上昇して、ピタッと止まる。

空はまだ、オレンジ色の光を放ち、眼下には美しい碁盤の目の街並み。

沙絵は私の顔を見て笑みを浮かべ、その横に居る八沙は反応のないモトを抱えていた。


「さて、あの部屋ですね?」


反応の鈍い私に、沙絵が尋ねてくる。

指した先は、モトの部屋のある長屋。

この高さからでも、モトの部屋の、特徴的な丸い窓が見えた。


微かに頷くことしか出来ない私。

沙絵は、そんな私の顔に呪符を1枚貼り付けると、そのまま部屋の方へ降下し始めた。


数秒後。

降り立ったのはモトの部屋がある長屋の目の前。

衝撃に体中のあちこちが悲鳴を上げ、遂に私の意識は半分以上、どこかへ消えていく。

さっき倉庫の中で見えた、何処かの桜の木の下の光景が、目の前の光景に重なった。


「桜、綺麗、桜」


うわ言の様に呟く。

沙絵の苦笑いした顔が、その景色に紛れ込んだ。


「いよいよ、戻ってこれなくなるかな」

「まだ平気。暫く人間になっててもらう事になるけど」

「そっちは?」

「軽い怪我って所かな。本人がこういうのに慣れてないせいか、気絶してるけど」

「沙月様に合わせると、そうなるでしょうよ。彼は只の人でしかないんだし」

「確かに。で、治療、頼める?」

「え?嫌ですけど」

「沙絵?」

「勿論やるって。職業柄なの。これ」

「全く」


沙絵に揺られながら、2人の会話を聞きながらモトの部屋へ歩いていく。

薄れかけの意識、現実と幻想が混じりだした景色が途切れる間際、2人の声が耳に届いた。


「これからどうするかねぇ」

「毒を食らわば皿までって、感じじゃないかなぁ」

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