76.次から次へと事が起きれば、先のことなど考えてはいられない。
次から次へと事が起きれば、先のことなど考えてはいられない。
目の前で起きた事を、ただ、片付けていく事で精一杯。
何かに追われている時に、それが終わったらどうしようかだなんて、考える暇もないだろうさ。
「エ?」
モトの叫び声、それとほぼ同時に、私は彼に突き飛ばされた。
オレンジ色の光が差し込む倉庫の、暗がりの方へ飛ばされる。
刹那。
耳を劈くギターの音色。
空気が震え、そこに悲鳴が轟いた。
見えたのは、鋭くも輪郭がぼやけた、斬撃の様な影。
「あっ…ぐ…」
驚いた私の眼前、オレンジ色の光に照らされたモトの体が何かに貫かれる。
その周囲、檻で喚いていた"人間"達の声も、一瞬のうちに、かき消された。
「モト!」
血を吹いたモトに駆け寄る。
彼を引き寄せ、"何か"が飛んできた方へ刀を向けた。
腹部や胸元に大穴が開いたモトの体。
割れた狐面が床に散らばり、狐面の奥、苦悶の表情を浮かべるモトの顔。
更に見れば、全身に細かな傷が見えた。
引き寄せた私の着物に、彼の血がしみ込んでくる。
ギターの音色はそれ以上鳴り響かず、代わりに、牢の隙間から何者かの影が見えた。
「おっと、仕留め損ねてるな、ダンダ。珍しい事も有るものですね」
その声と共に、倉庫の中に霧が立ち込めてくる。
影は2つ、いや、その後ろにそれ以上。
その先頭に立っていたのは、胡散臭いという表現がピタリとハマる長髪の中年男。
「28号。葉津奇…英軌」
長髪パッツン髪、丸い片眼鏡をかけた色黒の顔には、両目を縦に貫く深い傷が走っている。
ブレザーを着た良い身なりをしていたが、この薄気味悪い霧と、浮世離れした見てくれが、人ではない証拠だ。
「あらあら、オデを知っていたのですか。でしたら、こちらの男は更に有名人でしょう」
霧の中、葉津奇が早口言葉で喋る後ろで、もう1人の男の姿が鮮明になって来た。
彼とは正反対の、病的なまでに青白い肌を持つ若い男。
耳元まで適度に伸ばされたボサ髪にしかめっ面、垢抜けた格好に、肩から下げられていたのは、黄色いアコースティックギター。
その姿を見止めた時、モトが力ない声を上げた。
「ダンダン…」
「ハ?あのヤル気の無さそうナ男が?」
霧の中から現れた者達と対峙しつつ、その裏でモトに呪符を当てて治療する。
モトの体から流れる血は、少しずつ弱まって行ったが、それでもまだ収まらない。
和服が切り裂かれたせいで、呪符の枚数は一気に心許ない枚数にまで減っていた。
「ヤバい」
「…すまん」
「黙っテナ」
小声でやり取り。
葉津奇はゆっくりとにじり寄ってくると、ギターを手にした男が傍に来るのを待つ。
2人の背後、霧に覆われた人影、頭に角が見える限り、上で対峙した鬼達の様だ。
「やはり知っておられましたか。ダンダ、彼が、言っていた少年?」
「さぁな。白髪のガキを見た気はするが、面まで覚えちゃいねぇぜ」
ゆっくりと、霧を纏って来た2人。
動きはゆっくりなのに、喋りは共に早口。
共に、何処か私達を下に見ているような、下衆な目をこちらに向けていた。
「子供にしては、防人と言えど、よくやる様ですね」
「といえど、所詮、ガキだ。どーするよ?これ」
「もう、どうにも出来ないでしょう。玩具にしては?」
「つまらん。ライブ前なんだ。手間かかるだけだぜ?テメェでやれや…」
そう言うなり、手にしたギターをそっと奏でる。
少し高く、切ない音色。
その音は、一瞬のうちに"刃"と化し、ヒュッと霧を"歪めて"こちらに向かってきた。
一閃。
モトの前に立って、手にしていた刀でそれを弾く。
切ない音色は、ゆらり揺れた音に変化して、やがて消えていった。
「おっ」
ダンダンと呼ばれた男がピクッと眉を上げる。
彼のやる気なさげな顔が、私に向けられた。
「そこの女狐。良い腕してるな」
気だるげだった声色に、少し活気が混じってくる。
その声に、横に居た葉津希が呆れた顔を浮かべた。
「段陀。時間が無かったんじゃなかったのか」
「うるせぇよ。玩具にしろっつったのはテメェだぜ」
「直ぐ片付けられないならヤメロ。駒もいる」
「あ?鬼風情、雑魚を幾ら差し向けた所で倒せやしねぇよ!」
段陀と呼ばれたギター持ちの男。
どうも葉津奇との相性は良くないらしい。
「お前な、人間相手にマジになるな。この程度」
葉津奇の呆れ顔がこちらに向けられる。
何か嫌な感触が頭の一部から、ピクッと背中に伝った。
「…くっ!」
モトの手を引いて床を蹴飛ばし、一歩部屋の奥へ。
直後、私達が立っていた箇所が"何か"に下から突き上げられる。
床を突き破って来たのは、"無数の手"。
その光景を見た私は、奥歯をきつく噛み締めた。
「おっと」
意外そうな表情を浮かべる葉津奇。
立ち止まるわけにはいかないらしい。
モトを抱えて右に左に、前に後ろに動き回る。
「なるほど、勘が鋭いですねぇ。でも!」
一歩も動かない葉津奇。
彼の表情、口角が嫌らしく吊り上がった時。
「あっ!…が」
私の右頬を"拳"が突き抜けた。
クシャっとした感触。
骨と歯が砕け散り、危うく右目が吹き飛びそうになる感覚に浸りながら宙に浮く体。
それでもモトの事は離さなかったが、2人宙に浮いて、掴まれて、そのまま床に叩き付けられた。
「段陀ぁ、所詮はこの程度だ。人間なんて、都合のいい燃料でしかない」
葉津奇の嫌らしい高音の早口言葉が、ねっとりとした妖らしい言葉に変わって行く。
「"鬼"でも十分なんだよ、この数なら。"商品"になる程度にシメてやれ。無理ならせめて、そこに転がる"燃料"位には残すんだな」
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