入舸沙月の妖隠避録

74．キリステルダケナラバ、ハナシハハヤイ。

キリステルダケナラバ、ハナシハハヤイ。

問題は、切り捨てずに生かす事。

それをやるのは、思った以上に難しい。

「エカキ…！」

オレンジ色の光が差し込む魚河岸の倉庫。

"運び人"拠点の最奥地まで押し込んだ私達は、来た道を塞いだ鬼の方へ足を踏み出す。

私の手には刀、モトの手には金色の光を放つ呪符。

「ナメヤガッテェェェェ！」

トンッと、更にもう一歩足を踏み出す私。

ヤマシロの横に居た鬼が、彼の前に立ちはだかった。

振り下ろされる金棒。

それを躱して懐へ、そのまま喉元を一突き。

刀を抜くと、真っ赤な返り血を浴びた。

「チ、アカイノナ」

顔の半分を赤く染めて一言。

力を失い、倒れ伏した鬼は、モトが放った呪符によって何処かに"隠される"。

目の前に集まった鬼は、それを見て一歩引きさがった。

「ドコニイクカ、シッタコトデハナイ。タダ、イッタサキデ、ブジヲ、イノッテルヨ」

ヒュッと刀の血を拭い、顔の血を和服で拭うと、目が合った鬼の方を指さした。

「ツギハ、オマエダ！」

ドン！と強く床を踏み抜く。

ざわつく鬼の声、それは悲鳴。

乱雑に振るわれる金棒も、鬼の"間合い"に入れば木偶の坊。

鈍重なそれを掻い潜り、腹を一閃。

パッと血を浴び、力を失った鬼を掴んでクルリと回って"盾"にする。

刹那、グシャっとした、嫌な感触が鬼越しに伝わって来た。

「アァ！…」

頭上を金色の光が照らし、掴んでいた鬼の姿が消えていく。

そのまま、目を動かせば、次の標的は目の前に見えた。

「クソ！」

ヒュッと金棒。

珍しく突き刺すように跳んできた。

それを寸での所で躱し、鬼の腕を掴みあげる。

「ウォ！」

「ウラァァァ！」

懐に入り込み、腰を当て、足をかけ、後は投げ飛ばすだけ。

あっという間に宙に浮いた鬼、投げた先は、怯んだ鬼の固まる一角。

投げた直後、小さな振動が床に走り、それと同時に私はその震源地に飛び込んだ。

「……！」

図体のデカい鬼の間を斬り抜ける。

最後の鬼、首元を刎ねた瞬間、微かに肉に引っ掛かった。

「チェ…」

一瞬の後、血濡れた刀を払って血を飛ばしたが、そろそろ斬るのは難しいだろう。

抜けた先、残ったのは、ヤマシロと、いつの間にか混じっていたタンバだけ。

「サテ、コウブツ、サイゴマデ、トッテオクモノ」

背後から金色の光。

斬り伏せた鬼たちが、モトの手によって"隠される"。

気持ちが乗ってくる一方。

徐々に徐々に、頭の中の何かが変わっていった。

「沙月、そろそろ」

「イヤ！」

腕を掴んで止めてきたモトの手を払う。

「アノ2人も、隠さナいト」

モトに話しかけられて、フワフワしていた思考が戻って来る。

目を見開いて、ジッと大柄な鬼の2人を見据えれば、彼らは一歩足を引いた。

「来ナ。周りの鬼、覚悟、備わっテタ」

オレンジ色の光が差し込む、ちょっとした広場。

恐らく、普段は何かの作業が行われているであろう、倉庫の最奥地。

その一角に、ヤマシロとタンバを追い詰めた私は、右手に持った刀を、両手で構える。

「ヤルナ。エカキ」

「アノ時、絵を描かせてくれなかった理由が良く分かったヨ」

「アア、シカタガナカッタ。ダロ？」

「全くサ」

言葉を交わしつつも、ジリジリと距離を詰めていく。

堂々とした態度を崩さない青鬼の横、初めて会った時と同じ表情を浮かべた赤鬼の方に目を向けた。

「ソウダナ、デザートは最後まで取っておきたい」

構えた刀の切先をタンバに向ける。

「もじゃ頭。アンタには先に行ってモラオウカ」

一言の後。

トンッと床を蹴飛ばした。

鬼との距離を一気に詰める最中。

ヤマシロが、タンバの背を押した。

「！！」

声にならない絶叫。

その様子を見た私は、口元をこれ以上に無いほどに吊り上げる。

「ソノ金棒は飾りかよ！」

一閃。

続けて刀をもう5振り。

「ア…グ…ゥ…ァ…ァ」

タンバの体が、少し遅れた後にバラバラになって崩れ落ちた。

「さて、残るは、ヤマシロ。アンタ、ダケ」

刀についた血を拭う事すらしない。

だらんと下げた刀の切先から、タンバの血が、床に滴り落ちた。

「髭鬼。先手はアンタにやるヨ」

金色の光が灯り、タンバのバラバラになった体が"隠される"。

「ソウダナ」

窓から差し込む、オレンジ色の光を浴びた青鬼が口を開いた。

その顔は、追い詰められた者の顔をしていない。

笑いを隠したような、感情を押し殺した様な表情。

その顔が深くなるごとに、秒を追うごとに、遠くから、何かが迫ってくるような物音が聞こえてくる。

「マダ、マケジャナイ。マダ、オマエラ、コロセル」