72.どこまで入れ込むかで、それに対する気持ちが測れる。
どこまで入れ込むかで、それに対する気持ちが測れる。
別にやらなくても良いっていうのに、何故か自然と奥に入り込めるのなら、言葉にしないだけで結構入れ込んでるんだろう。
もっとやらなきゃダメなのに、そうしない時は…さっさと諦めて別の何かを探せばいい。
「出てきた」
オレンジ色の空の下、そろそろ昼時であろう時間帯。
蕎麦屋から少し離れた通路の隅で、"運び人"が出て来るのを待ち構えていた私達の瞳に、巨大な図体が映った。
法被を着て、バンダナを巻いた巨大な人型。
その肌は灰色一色で、顔は人のそれとは大きく違っている。
ワニのような口に、ブタの鼻…自在に折れ曲がる柱を持ったギョロ目。
映画に出て来る、宇宙人のような顔つきを持ったそれは、通りの流れに紛れて歩き出した。
「私が前ね」
足を踏み出す私達。
普段と違って、私がモトの左前、一歩前に踏み出した。
「周り、よく見ててよ」
そのまま、妖から一定の距離を保って後を追う。
通りを行く妖達の中で、"運び人"の姿は嫌でも目立った。
道行く妖が、一目"運び人"に目を向けて、気味の悪そうな顔を浮かべ、知らんぷりして通り過ぎる。
あれほどまでに目立つ姿。
銭湯で出会うまで目撃情報すら無かったのがおかしなくらい。
「ア」
「シー!」
幾人かの妖とすれ違う時、私とモトを見て"気づく"妖もいる。
そんな彼らに、何もしゃべるなよと、人差し指を口元にあてると、彼らは何も言わずにすれ違っていった。
「何処に行くんだ?」
「さぁ」
通りを、恐らく北の方に歩いていく。
毎朝通った"扉"のある丘や、モトの部屋は南側だったはず。
その反対方向に進んでいく妖の足取りは、変わることが無かった。
「奉行所すら通り過ぎてくのか」
大層な作りをした建物の前を通り過ぎ、更に妖は真っ直ぐ進んでいく。
それなりに距離がある通り、もう少し行けば、この碁盤の目の、南北の中央付近だ。
…東西には、恐らく西よりだと思う。
「このまま行けば、魚河岸だ」
「魚河岸?ああ、じゃ、中心地だ」
「そー。今時期だと、市場は賑やかなんじゃないか?」
「人も売ってたりして」
「縁起でも無い」
妖から離れた所で、私達は軽口を交えつつ、巨大な人型の背中を追った。
「独特だよね、魚河岸の建物。八角形の長屋がドン!て出来てて、その上に、同じ形の長屋が3つ、少しずれて重なっててさ」
「入ってみれば良かったのに。俺も言ってて、入ったことないけど」
「だから絶対迷子になるって思ったの。これから行くかもしれないとなれば、後悔してるけど」
そんな会話を重ねていると、妖は不意に体の向きを魚河岸の建物の方へ向ける。
顔を見合わせる私達、奥歯を噛み締めると、すぐにその後を追った。
開きっぱなしの門を潜って建物の中へ。
そこは、履物も何も脱ぐ必要が無い場所で、中にはもう一つの街が出来ていた…とでもいえる光景が浮かんでいる。
「区切っただけか。面倒くさい」
「これじゃあのデカいの、腰折ったままじゃないか?」
「確かに…あー、アレだ」
建物内の狭い通り。
左右には、ズラリと食料を扱う店が並び、妖でごった返している。
背伸びして、妖の影の隙間をぬって目を細めると、灰色の肌がなんとか見えた。
「こっち」
モトの手を引いて先を急ぐ。
品物を見回る妖の、遅い流れをかき分けて、徐々に徐々に長屋の中に入り込む。
八角形の建物、既に2回、緩やかな角を曲がっていて、その先の階段を1つ上がって2階へ。
巨体を持つ"運び人"は、歩きづらそうだ。
時折妖と肩をぶつけては、汚い言葉の応酬を繰り広げている。
その様を見る度に、私とモトは影に隠れて気配を消した。
そこから更に進んで、角を1つ曲がり、階段を1つ上がって3階へ。
ここまで来れば、周囲に店の姿は見当たらない。
シンと静まり返った階、廊下を歩く妖の姿も疎らになってくる。
「倉庫街か」
モトにだけ聞こえる声で呟く。
左右に見えていた店の様子は、分厚い木の扉に置き換わっている。
鉄の錠前が付けられた、扉の前を進んでいく私達。
遂に、周囲に妖の姿は見られなくなった。
「……」
「……」
距離を離しているとはいえ、今、視界の中にいる妖は"運び人"だけ。
私もモトも、周囲の喧騒よりも、自分の鼓動の方が大きく聞こえるようになってきた。
妖は、徐々に歩く速度を緩め、やがて1つの扉の前で立ち止まる。
それに合わせて、足を止める私達。
ちょっと奥で、ガチャガチャと、鉄の錠前を弄る音が聞こえてきた。
「なんて書いてるか読める?」
「"ハチヤ"だと」
「なんだそれ」
"運び人"は、錠前を開けるのに苦労している。
手先が器用ではないのか、乱雑に錠前を扱って、まだ鍵を開けられないでいる。
私達は、もう用事は無いはずなのに、何故かその姿をジッと見つめていた。
可愛げがある?
見た目もブサカワと言える… というのは流石に無いが、苦労している後ろ姿には、それとない哀愁が漂っていた。
「持つだけみたい」
「らしいな」
影に隠れた私達、顔を妖の方に向けれど、体は既に来た道の方に向いていた。
「深入りはしないよ」
「ああ」
錠前に苦労している妖を放って、来た道を戻ろうと足を踏み出す。
通路の奥の方から、妖の気配を感じた。
「流石はデカい施設だ」
複数感じる気配…伝わってくる足音は、少し小走りの様に感じる。
私とモトは、邪魔にならない様に通路の隅に寄った。
やって来たのは、殆ど見たことの無い鬼の集団。
見覚えがあるのは、その先頭に立つ青鬼だけだ。
「ヨウ。ワルイガ、ココデ、シンデモラウゼ」
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