71.想像通りに進んでいる時は、足を止めるべきかどうかで迷う。
想像通りに進んでいる時は、足を止めるべきかどうかで迷う。
そのまま進めて、次から次に進んでいきたい自分が体を動かしている一方。
それを何処か嘲るような目で見て、何か起きたら「ほら見た事か」って言ってる自分もどこかに居るんだ。
「蕎麦と天ぷらと。あ、あと、蕎麦湯は多めで」
異境に来て4日目の朝。
オレンジ色の空が碁盤の目の街を照らし、通りの上の提灯に明かりが灯りだした頃。
私とモトは、蕎麦屋の隅の席で、タンバに注文を入れた。
「さて、来るかな」
「どうだか。来なかったら、ここで打ち止めね」
「分かってる」
蕎麦屋の隅は、通りからも、店内からも見えづらい位置。
先に話を付けていた鬼に、態々用意してもらった特等席だ。
狐面を半分被った私と、狐面を被って、昨日と同じ"完全防備"状態のモト。
傍目から見れば、私達を"エカキ"と"ラクハラ"と知らない限り、妖にしか見えないだろう。
「で、なんだって天ぷらまで頼んだんだよ」
「あー、つい。どうせこの後、何かあった所で散歩だろうし」
「残すのも…忍びないもんな」
「ま、チップって事で」
緊張感は、そこまで感じない。
元より、来てラッキー、来なくて当然位の心持ち。
すぐに蕎麦と天ぷらがテーブルに並び、私達はちょっと遅い朝食に手を付け始めた。
「飽きないね」
ずぞぞっと啜って、程よいまろやかさ?のようなのを感じる蕎麦の味。
その後で、天ぷらを蕎麦と同じ汁に付けて食べれば、この2つがセットになってこそ良い物だと思い知る。
「美味しいよね。ここの蕎麦」
「ああ。何だかんだ、迷ったらここだしな」
「"運び人"も、舌は狂っちゃいないわけだ」
「どうだか」
朝の客に交じって食べ続け、テーブルの上はあっという間に空になった。
最後に残した葉っぱの天ぷらを取って、それに塩を振って食べて、終わり。
酸味と甘味がある葉の味に、塩が程よく絡む。
シメに良い…その後で、熱いお茶を啜れば完璧。
「ソバユ。ツユ、タシトク」
食べ終えたドンピシャのタイミングで、ヤマシロが蕎麦湯を持って来た。
「ありがと」
蕎麦湯の入った急須を受け取り、注いでくれた汁に早速それを混ぜ入れる。
その後で、モトの方に急須を渡すと、彼もまた蕎麦湯を汁の中に流し入れた。
「どれくらいで来るの?」
「サア。タダ、クルトシタラ、ソロソロ」
空になった皿を片付けつつ、ヤマシロはそう言って去って行く。
それを、蕎麦湯を飲みながら見送ると、小さくため息を付いてモトの方に向き直った。
「やっぱ、思い過ごしだね」
「何が?」
「昨日の話さ」
「んー?」
首を傾げたモトに、私は何も言わずに鬼の方を指さす。
そこでようやくモトの表情が晴れた。
「本当に、後は待つだけ」
「そうなりゃ、暇だな」
「良いんじゃない。こういう時間があっても」
半分ほど飲んだ蕎麦湯をテーブルに置いて、楽な姿勢を取る。
朝から蕎麦と天ぷらは、流石に重いというもの。
お腹を摩ると、普段はシュっとしている胴回りが、ほんの少し太く感じた。
「食いすぎか?」
「はっ、オブラートに包んだね。その通りだけどもさ」
「朝っぱらからこれは辛いわな。確か、普段はパンしか食わないだろ?」
「そ、朝パン民族」
「よくやるよ。意外と、この世界来て舞い上がってるよな」
「言ったでしょ。空気は合うんだって。良いか悪いかは別として」
テーブルの上に蕎麦湯が2つ。
それを挟んで、私達は雑談を続ける。
時折外の方を見ても、明るい時間帯を行く妖の行き交う姿が見えるだけ。
「何時まで粘る?」
「夜になるまでは良いんじゃない?3食、蕎麦になるけど」
「了解。こういう時は、蕎麦屋のカレーとかその辺があればなって思うよな」
「全くさ」
蕎麦湯を飲んで、雑談しての繰り返し。
そんなことも、体感で1時間か2時間、やっていれば飽きてくるものだ。
「これ、いざ動くってなったらスイッチ入るのかな」
店内の客が4巡位回った頃。
3度目のおかわりを経た蕎麦湯にも飽きてきた頃。
何度目かの言葉をモトに告げた瞬間、入り口の方からの光が一瞬、遮られた。
「……」
「……」
2人、入り口に顔を向けてすぐに顔を見合わせる。
狐面の奥の表情は分からないが、きっと、私と同じように口元を引きつらせているはずだ。
入って来たのは、1人の"運び屋"。
ヤマシロと言葉を交わしたその妖は、フラフラと空いている席に向かう。
ヤマシロはその妖を見送ると、私達の方にゆっくりと顔を向けた。
「どうする?」
「出よう」
モトの問いに、私は席を立って答える。
彼の答えを聞く前に、彼の手を引いて入り口の方に戻ると、ヤマシロのお代を手渡した。
「ありがと」
「アア」
無駄な言葉は交わさない。
店を出て、少し歩いて、蕎麦屋の入り口がギリギリ見張れる所までやって来た。
「尾行か」
「そう。映画みたい」
長屋の壁に寄りかかる私達。
蕎麦屋の方を気にするモトの横で、私は懐から呪符を3枚取り出す。
モトの腕を引いて身を寄せると、取り出した呪符を彼の腕と首元に、適当に貼り付けた。
「沙月?」
「御守り。銭湯に居た奴よりも、妖力が強かった。近くにいると、人だってバレるかも」
「なるほど。サンキュー…」
「まさか、ここにきて順調になるとはね」
呪符を貼り付けて、その後でスマホを取り出して沙絵と八沙にメッセージ。
すぐに既読は付かなかったが、まぁ、別に構わない。
「保険はかけておくに限る」
そう言いながら、心臓の鼓動が少し早まった。
「何の変哲もない屋敷に案内してくれればいいのだけど」
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