69.不意に手にしたものが馴染み良いのであれば、それは長く使うべきものだ。

不意に手にしたものが馴染み良いのであれば、それは長く使うべきものだ。

使う気も無かったとか、使う予定も無かったとか、そういうものなのに、手になじむのであれば、使い続けない理由は無い。

手になじんだそれを、更に馴染ませれば、きっと今まで以上に何かが上手くなってくのさ。


「あれ、刀剣商だったの」


蕎麦屋を後にして、モトに近所で刀を見てもらえそうな所に連れてってもらう。

暖簾を潜って店の中に入れば、出迎えてくれたのは、何時ぞや蕎麦屋で会った一つ目の妖だった。


「オウ。イッテタジャナイカ」

「沙月、出来上がってたから。酔い過ぎて覚えてないんだ」

「サケ、ヨワイナ」

「アハハ…あの日に会ったまではちゃんと覚えてるんだけど」


入る前までの、不思議な緊張感が解けていく。

腰に下げた2本の刀を取り払うと、それを妖に差し出した。


「これ、手入れして欲しいんだけど。出来る?」

「アア。コレ、ウチノシナ。ラクハラ、カッテッタヤツ」

「そう。手入れ道具、私達の世界に置きっぱなしで」

「ソウカ」


妖は2本のうちの1本。

今朝大活躍を見せた長い刀を鞘から取り出し、刀をジッと見つめる。

少しだけ眉を潜めると、コクリと頷いて私の方に目を向けた。


「サッキノ、サワギ、アレ、エカキカ」

「そう。なんか今日は襲われる日みたいでさ」

「アイツラ、サイキン、ジャマダッタ」


そう言いながら、妖は刀を鞘に収めると、奥の台の上に刀を置く。


「テイレヨリ、モチカエナイカ?」


台に刀を置いた妖は、クルリとこちらに振り向くなりそう言った。

私とモトは思わず顔を見合わせて、それから妖の方に顔を向ける。


「コレハ、ラクハラノ、デカサ。エカキニハ、オオキイ」

「少し短いのにしないかって事?」

「ソウイウコト。モチカエナラ、オダイ、イイ」


妖からの提案。

私は、店の壁に所狭しと並んだ刀を見回した。

"異境"の品物、現実に持ち返った所で、防人本家のあの部屋の飾りになるだろうけど…


「モト、あの刀って予備だった?」

「ああ。俺は今持ってるのがあるし、好きにしてくれていいぞ」

「本当?なら、少し悩もうかな。適当に見て、手に取って良い?」

「ドウゾ」


思ってもみなかった展開。

妖の言葉に頷くと、私は早速店の中を見回った。


「家だと、この手のは沙絵とか八沙のお下がりだから、なんか合わないんだよね」

「そうだったのか」

「2人共、背、高いし」


モトを付き合わせて、適当な刀に手を伸ばしては首を捻って元に戻す。


「しっかし、こんなに刀があるけど、この辺、そんなに刀を持つ妖が多いの?」

「アア、フダン、モチアルカナイダケ。チャント、ミナ、モッテル」

「へぇ。じゃ、もしかして、刀持ち歩いてたらおかしかった…?」

「ソウデモナイ。タイハンハ、タダノ、ソウショクヒン」

「ファッションアイテムなのか。ここには鈍らなのも混ざってる?」

「イヤ、ヨソハシラナイ、ウチ、ホンモノ」

「凄いね」


この異境の妖が全員1本ないし2本持ってると考えても、この量はちょっと多すぎだろう。

それ位、刀が所狭しと壁に並び、見る限りでは、その全てがキチンと手入れを受けている。


店内は、私達に付き合ってくれている、"蕎麦屋で会った"妖の他にも、幾つかの妖が忙しそうに働いていた。

その殆どが、在庫なのか、誰かの持ち物なのかも分からない刀に手を加えている。


「今日が暇になってさ、こういうのやってると、なんか良いな」


刀を手にしては、別の刀と迷っているうち、不意にモトが言った。


「なにさ、急に」

「映画とかでさ、この後に使うものを集めるシーンってあるじゃん。ああいうのが今だろ」

「ああ、確かに。じゃ、この後手にする刀は、明日に大活躍するかもね」

「使わないで済ませたいけどな」


軽口を叩きつつ、刀に手が伸びる。

今日手にした刀は、これで何本目だろうか。

手にしたのは、黒い鞘に収められた刀。

さっき振るったそれよりは、少しだけ短い刀だ。


「長さはこの位かな」


抜刀して構えてみて、何となく手になじまないそれを鞘に仕舞って戻す。

その様子を横で見ていた妖は、ならばと言った様子で、近場にあった別の刀を持って来た。


「コレ」


渡されたのは、私とモトの目の色と同じ、深い藍色の鞘を持つ刀。

藍色に、所々の装飾には金があしらわれていた。

柄も鍔も独特な装いをしていたが、不思議と手にした瞬間から、しっくり来た。


「ふむ?」


抜刀して、刀をじっと見つめる。

さっきまでの刀には無かった、不思議な刀文が踊っていた。

モトの刀にあったのと同じ刀文、違うのは、銀色ではなく、どす黒く光る鋼の様子だけ。


「サッキ、エカキ、ツカッテタノト、カジ、オナジ」

「なるほど。さっきのより手に馴染むね。これと同じ刀鍛冶のって他にある?」

「アル、タダ、ゼンブ、ナガイ。ソレガ、イチバンミジカイ」

「選択肢は無しだね。じゃ、まずはこれ」


こういう時は、深く迷う必要はないだろう。

妖に刀を手渡し、それを丁寧に受け取った妖は、別の妖を呼び寄せて"手入れ"の指示を出す。

パッと見ても、手入れの必要がない位に見えたのだが、彼の視点では、そうじゃないらしい。


「アレノ、ツイニナル、ワキザシ。タシカ、コノヘン」


そのまま、店内の反対側に向かった妖は、凄まじい数の中からあっという間に目的の刀を見つけて持ってきた。

残りは1本貰えればいいのに、何故か2本。

近くの台に、そのうちの1本を置いて、1本は私に押し付けられる。


「アレ、ウチガタナナラ、デカイ。コレ、ワキザシ。アト、タントウ。ヨウハ、オマモリ」

「なるほど。3点セットだったの」

「ヒトマトメ」


妖から渡されたのは、脇差の方。

似た意匠の鞘から刀を抜くと、さっきのよりも更に短いながらも、あの独特な刀文はしっかりと付いていた。


「2本渡して3本か。流石に1本分はお金出さないとだね」


一通り確認して、鞘に戻した刀を妖に返す。

彼はそれもまた丁寧に受け取ると、さっきまでと同じように"手入れ担当"である妖に回した。


「イイ。マチ、キレイニシタブン」


妖の言葉に、思わず笑みが零れる。


「このままいけば、もう少し街を綺麗に出来るかな」

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