68.色々と付き合いが増えてくれば、何故か自分が大きくなったと錯覚してしまう。

色々と付き合いが増えてくれば、何故か自分が大きくなったと錯覚してしまう。

そういう時こそ、注意を払うべき時だ。

そのままの勢いで、進んでいければどれだけ良いだろうかと思ってしまうが、自分を見誤るもんじゃない。


「見つからないもんだね」


オレンジ色の空が、一番明るくなる時間帯。

昼間時の通りは、昼間に働く妖達でごった返していた。

通りの隅で、私とモトは、妖達の姿を眺めつつ、次の手を考える。


「"ゴノヤカタ"ってだけじゃ駄目だったか?」

「あからさますぎる名前だと思ったんだけどね」

「連中の呼び名ってだけみたいだな」

「奉行所に聞いても駄目だった時点で察するべきか」


昨日、銭湯で得たヒントから、"運び屋"の拠点を掴みたかったのだが、それがどうにも上手くいかない。

まだ、1日は半日以上残っているが、それなりに有力そうな妖に尋ねて回ってこの様だ。

終わったも同然だった昨日の夜の私を、グーで殴ってやりたい。


「そうこうしてる間に、昼時か」

「だね」

「今日は何にする?」

「んー、蕎麦屋に行かない?あそこで知り合った妖には、まだ聞けてないし」

「いいけど。昼間っから居るもんかね」

「あの鬼二人にも尋ねてみたいしさ」

「じゃ、決まり」


通りの隅でウダウダしているのも勿体ない。

蕎麦屋の方に足を向けると、少し先に見える店の方へ歩き出した。


「刀の手入れもしたいんだよね。朝から4体分斬ってるし」

「じゃ、店に持ってかないと駄目だな。部屋に手入れ道具ないし」

「刀だけだったの」

「使うとも思ってなかったしな。手入れ道具は、"向こう"の家だ」

「そう、後で連れてって。なんか、手に馴染みが良くて。気にいっちゃった」

「やっぱ妖の作った道具の方が良いんだな。沙月は」

「妖力が籠ってるからね」


通りを歩き、蕎麦屋の前にやってきて、扉を開けて中に入って行く。

入ってすぐ。

初めて入った時のように、私達の事を見てビクついた赤鬼が私達を出迎えた。


「ヒト!…イラッシャイ」

「もうビビらないでよ。昨日も風呂屋で会ってるんだし」

「ナレナクテ」

「クックッ…なんか、いいキャラしてる。何処でもいい?」

「アア」


おどおどしているタンバの横を抜け、適当に空いてる席に付く。

頼むものも決めて、注文を終えると、私達はふーっと一息ついた。


「探せなかったとしても、何とかなるか」

「十分、探し出せるだけのネタは見つけられたでしょ」

「それもそうか」


すっかり厭戦気分。

腰に下げていた刀を横に立てかけると、立てかけた2本の刀の柄を触って弄ぶ。


「そう言えばよ、どうしても勝てないって言ってた奴に勝てたのか?」


そうしていると、モトが不意に尋ねてくる。

狐面を外した彼の顔をジッと見据えると、私は小さく首を振った。


「命がけと競技は別物さ。勝てないね。きっと、もう」

「凄い奴も居たもんだ。防人で、20代位までなら、負けた事無いのにな」

「防人だと、竹刀よりもこっち使う事が多いからね。やっぱり競技にのめり込んでる連中とは"熱量"も違うし、それに合った"技"だってある。別物さ」


蕎麦と天ぷらが出て来るまでの話題は、今の仕事に全く関係が無い。

一足先に出された、お冷代わりの茶を呑みつつ、私達は"異境"の景色の一部に溶け込んでいた。


「モトも知ってるはずだな。私が勝てない人」

「この間、修学旅行の時に会ってる?」

「会ってる会ってる。正臣さ。悪霊に憑かれてなきゃ、先ず勝てない」

「はぁ?細い優男みたいな奴だったぞ?」

「竹刀持つと性格が急変するから。思わず祓いたくなる位」


他愛のない雑談。

数少ない"友人"の話をしてみると、モトは分かり易いくらいに驚いた顔を浮かべた。


「人は見かけによらねーな」

「ねー。これくらいの年になれば、体格差も出て、もう敵わないし」

「沙月ならまだ何んとかなるだろ」

「普段は呪符で"強化"してるからさ。素で勝ちたかった。せめて中3終わりまでに」


そう言いつつ、思い出すのは高校に上がる前の春休み。

何時ものように呪符も何も使わずに挑んで負けて、正体がバレたのだからと言って呪符で強化して挑んでも、彼には勝てなかった。

思い出して、奥歯を噛み締めると、モトは口元を僅かに緩ませる。


「負けず嫌いだよな」

「嫉妬深いんだよ」

「そうだった」


そんな会話をしているうちに、青鬼が私達の注文した物を運んで来た。


「マタセタ」


テーブルの上に並ぶのは、二八蕎麦と天ぷらの盛り合わせ。

お茶のおかわりを貰って、蕎麦湯が置かれれば、頼んだものが全て揃った。


「デ、チョウシ、ドウダ?」


ヤマシロは、すぐに戻らず私達をジッと見下ろして尋ねてくる。

その問いで、急に現実に戻されたような気がした。


「全然。昨日、切欠になりそうなのは分かったんだけどね。ほら、銭湯で会った時に」

「スレチガッタナ」

「そう。そこでさ、"ゴノヤカタ"って、チラッと聞いたんだけど。この辺に無い?」


箸を取りつつ、ヤマシロに聞き返す。

表情を滅多に変えない彼は、珍しくピクッと眉を上げると、顎に手を当てた。


「ドウダッタカ」

「似た単語には聞き覚えがあるとか?」

「アア、ソレトナ、エカキ。"ハコビヤ"、ミタゼ」


ヤマシロの言葉に、私もモトも身を乗り出す。

別にどうでもいいと思っていた事でも、"何か進展がある"となれば話は別だ。


「本当?」

「アア、キョウ、キテナイガ、ウチニキタ。デカイノ」

「昼間に動くのか…」

「デテッテ、ソノサキマデ、ワカラナイガ」

「十分十分。"ゴノヤカタ"が空振りでさ、見つかる手掛かりも無かったのさ」


知った顔からの、思いがけない情報。


「ありがと。これ、お酒代」


笑みを浮かべてヤマシロに情報代を渡す。

彼は微かに口元に笑みを浮かべて受け取ると、手にした金を顔の前に掲げた。


「タシカニ。アシタ、ハッテミルカ?」

「朝からやってるんだっけ?」

「アア」


頷くヤマシロ、私は彼の顔をじっと見据えると、笑みを深めた。


「なら、そうさせて貰おうかな。この後は楽して、色々見て回ってみるのも良いのかもね」

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