67.同時に幾つも出来る程、器用な人間じゃない。
同時に幾つも出来る程、器用な人間じゃない。
涼しい顔をして、何個も何個もやる事を引き受けることがあるけれど、同時並行でやる事は滅多にない。
1つの事に集中して、順繰り順繰り終わらせていくのが、今の私に出来る事だ。
「え?」
異境の、碁盤の目の街の往来のド真ん中。
私達の周囲に、妖達の悲鳴が上がる。
背中の襟首をモトに掴まれた私は、成す術なく彼の方へと引っ張られた。
直後、耳に届いたのは、ヒュッという音。
視界に被される番傘、その直前には何か"尖ったもの"が視界に映り込んでいた。
「危ねぇ。逃げるぞ!」
雨あられの様に振って来たのは、長屋の屋根から射られた弓矢。
前からも、後ろからも、結構な数が振って来た。
幸いにも、それらは私達の周囲に突き刺さり、1本は傘を貫いていたが、傘の"呪符"が効いていた。
「何処へ!?」
モトに手を引かれ、通りを駆け抜ける私。
手にした刀を、鞘に収める暇も無い。
周囲に居た妖達も、弓矢を見るなり、蜘蛛の子を散らすように逃げまどっていた。
その群衆の中に突っ込んで、空いた隙間を縫って通りを抜けていく。
「良いから付いてこい!すぐ役人が来て収めてくれるさ」
私の手を引くモトの声。
そのまま真っ直ぐ突き進み、オレンジ色の空の光が差し込む通りを右に左に曲がれば、そこは見慣れた"提灯が5つぶら下がる"通り。
その通りまでやってきて、ようやくかけ足を止めた私達は、通りの隅の茶屋に駆けこんでようやく一息付けられた。
「茶と団子」
「アア、エカキ。ナニガアッタ?カタナ、シマッテ」
入った茶屋の店番をしている妖は、この間蕎麦屋で"絵を描いて取り込んだ"妖。
私達の様子を見て、心配そうな顔を浮かべて尋ねてきたが、私は苦笑いを浮かべて首を左右に振った。
「ちょっとね。朝から変なのに襲われ続けてるんだ」
「ホウ。エカキ、オソウ、イノチシラズ、イタモンダ」
妖と会話しつつ、ようやく刀に目を向けられた私は、刀を拭って鞘に仕舞う。
妖から微かに感じた、警戒するような目つきが、ほんの少し和らいだ。
「弓矢を持ってさ、通りの長屋の屋根の上から射ってくる様な連中に心当たり、ある?」
「ドウダロウナ。タマニ、ソノテノ、ハナシ、キクガ」
「そう、たまにあるけど、組織的なものじゃない?」
「チガウ。コレ、コノアイダノ、カワラバン」
茶屋で落ち着いて数分。
妖が持って来た瓦版をモトと共に眺める。
そこには妖文字が踊っていた。
「これが、寄せ集めってんなら、ゾッとするな」
「そうだね。誰かが手を引いてるのは違いない」
幾つか聞きたいことが出来たが、妖は裏に下がっているから、一旦黙って頭を冷やす。
数度の溜息で私は元に戻ったが、息が上がっていたモトは、暫く肩で息をしていた。
「そうだ。傘」
「ああ。いいの、いいの。そういう役割だから、それ」
落ち着いてきたモトが私の傘を返してくる。
さっき1つ、風穴が空いた番傘。
邪魔にならない隙間でパッと開くと、呪符を貫いた痕が見えた。
「これくらいなら」
懐から呪符を1枚取り出して、空いた穴を塞いで、そっと念を込める。
そうすれば、裏面にびっしり貼り込まれた呪符と同化して、穴が塞がった。
「呪符がある限り、壊れはしない」
番傘の修理を終える頃には、奥に消えた妖が茶と団子を運んでくる。
それを受け取るついでに妖を引き留めた。
「エカキ。サッキ、ハデニヤッタソウダナ」
質問しようと口を開く前に、妖はそう言って私達の傍の席に腰かける。
私はモトと顔を見合わせると、「ええ」と言って頷いた。
「ソコノ、ラクハラモ。タスカッタヨ。サキモリハ、コッチニ、フカンショウ、ダカラ。アリガトウ」
裏に行っている間に何があったのだろうか。
妖はさっきと変わらない、ぶっきらぼうな態度であるものの、礼を言うなり頭を下げた。
「お礼を言われる事はしてないさ。私達は巻き込まれただけだから」
「ソウ?」
「そう。向こうから襲い掛かって来た。今朝も別のに襲われて、同心に引き渡してる」
「ソウナノカ。ソレハ、マツリガラミ?」
「それを知りたいのさ。でもその前に、瓦版を見てる限り、あの手の連中はたまに事件を起こしてるみたいだけど。ああいうのって、どんな奴?」
「ソウダナ。ヤクザ、ニモナレナイ、アバレルシカ、ノウガナイ、レンチュウ」
「今時の言葉で言えば半グレみたいなもんだ」
「だな。時代劇の斬られ役みたいな奴等だ」
「ソレ、シラナイ。ケド、レンチュウ、シゴト、デキナイ」
「まぁ、そうだよね」
「チガウ。ドコ、ヤトッテモ、ナニモデキナイ。ハナシ、ツウジナイ」
妖の言葉に、私達は黙り込む。
ぶっきらぼうな口調、その瞳は細められ、眉の辺りにはギュッと皺が寄っていた。
「モトモト、ココ、ナニモオキナイトコロ。アイツラ、ココノモノ、ジャナイ」
「別の世界から来たってこと?」
「ソウキイテル。コトバ、オナジ。デモ、イシソツウ、デキナイ。キョウボウ」
そう言うと、その妖は徐に着物をはだけさせる。
4本腕の妖、人で言うところの肩の辺りに、深い切り傷が刻まれていた。
「アイツラ、タダ、アバレタイダケ。スグ、ノケモノニサレテ、サイキン、ミナカッタ」
「なるほど。ありがとう。あの妖はよそ者だったの。更にちょっとした疑問なんだけど。この辺の妖って、どうやって"地元の妖"と"別世界から来た妖"で見分けてるの?」
「タイテイハ、オヤコノエン。ダケド、ヨソモノ。ニオイデワカル。ココノモノ、ショウユノ、カオリスル」
私とモトは、妖の言葉に眉を互い違いにして首を傾げた。
妖は、そんな私達を見つめて口元を僅かにニヤけさせる。
「エカキ、ラクハラ。ショウユノカオリ、スル」
「私達も同類って訳か。ちゃんとここの住人って」
「ソウ。タブン、コノニオイ、サキモリ、ソッチノニオイ」
「へぇ。意識したことなかったや。でも、とりあえず、ありがとう。色々と知れた」
そう言いつつ、お代に少し色を付けて妖に渡した。
妖は、ニンマリと笑顔を見せると、受け取ったお金をヒョイと宙に投げてはキャッチする。
「その程度のオマケなら、酒1杯分位?」
「ニハイ。ソレニ、ツマミ、ヒトシナ、ツケラレル」
「そりゃよかった」
口元に笑みを浮かべてそう言って、出された団子を1つ口に入れた。
丁度いい大きさと、甘みを持つ団子。
それを食べて飲み込んで、少し時間を置いた後。
口元の笑みを消した私は、ようやく本題の質問に移る。
「ところで。"ゴノヤカタ"って聞き覚え、あったりしないかな?この辺にある建物の事だと思うんだけど」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます