66.偶然が続くのであれば、それはきっと仕組まれている。

偶然が続くのであれば、それはきっと仕組まれている。

1回目は偶然、2回目も偶然、3回目から怪しみだして、4回目で確定だ。

積み重なった偶然は、やがて1本の線となって繋がって、私を"何処か"へ仕向けてくれる。


「なるほど、つまりは、職なしの可哀想なチンピラ風情だ」


オレンジ色の空が輝きを増した朝。

ここに来てから3日目、サボらず続けている朝の日課を終わらせた後。

絡まれた妖について、モトが連れてきた"同心"が事情を話してくれた。


「オタズネモノ」

「そう。腕が無くていいなら、このままあげる」

「アア、カマワナイ。シカシ、カクレテタノニ、ナゼ、ココヘ?」

「本人に聞けばいい。ずっと黙ってるけど」

「ソウダナ」


絡んできた妖は、強盗だのなんだのと、小さな犯罪を犯しては"逃げ隠れする"類の輩。


「君達からすれば、私達は"ヒト"だからね。簡単な獲物に見えたかな」

「どうだか。昨日の流れからして、嫌な予感もするけどな」

「確かに。それは今日中に分かるだろうさ。この往来で"事を起こす"阿保でもあるまい」


腕を切り捨てた妖を同心に任せ、私達は街へ繰り出す。

現実世界で言えば、まだ朝方の時間帯。

妖達にとっては"夜"ともいえるが、この"異境"ではちゃんと現実世界通りの光景が映し出されていた。


暗闇に紛れた"妖しい"妖は姿を消し、"身分を持った"妖が、江戸時代の日本人の如く活動し始めている。

そんな、碁盤の目の街の隅に私達は身を紛れ込ませ、向かった先は、蕎麦屋がある"白い提灯が5つ吊るされた"通り。

"ゴノヤカタ"の"ゴ"が"五"であれば、この近辺に探している施設があると思って良いだろう。


「"ゴノヤカタ"って単語で検索したいね」

「スマホの電波、今の時間帯なら届くぞ」

「…八沙と沙絵辺りに聞けば分かったりして。一応、教えておこうか」

「それが良い。けど。あの2人、この"異境"に繋がりあったか?」

「京都で"狩られた"仲間がここに"隠された"って話を聞いた事がある。どの妖かは知らないけど」

「あぁー」

「なんだって内地の連中は、妖と見るや"隠したがる"のかね」

「さぁね。それが当然だったから。何も言えないな」

「あんなの、シカとか、その辺の動物と同じだろうさ。増えて、人に悪影響が出れば"隠せば"いい」


通りの隅、道を良く妖達に紛れた私達は、他愛のない会話をしながら"白い提灯が5つ吊るされた"通りを目指していた。


「偶に、沙絵とかと本州に遊びに来るんだけど、北海道で動くより、妙に緊張するもの」

「だろうな。沙絵さん、天邪鬼だし。強いし、有名だし」

「見つけただけで突っかかってくる。東北はマシで、関東はまぁまぁ。関西は本当に酷い。そっから先は、見たくないから行ったことない」

「行かなくて正解さ。血眼になって探される。でも、案外、沖縄辺りは緩いんだけどな」

「へぇ。もう、そっち側まで同じもんだと思ってた」

「そう考えるとさ、沙月達とかが来る時期って、この辺りのドロドロ感、凄いんだろな」


モトの、狐面の奥の表情は分からないが、何処か呆れたような声色。

私は乾いた笑い声を上げると、不意に店と店の間の隙間に目が行った。


目的地までは後少し。

そろそろ、頭上にぶら下がる提灯の数が5になる頃。

何気なく目を向けた先、人が1人分、入れるくらいの路地に見えたのは、身なりが整った妖の姿。


「あ?」


その妖と目が合った。

驚いた顔を浮かべつつ、瞳がギラつく妖。

その手には、脇差。


「モト!」


咄嗟に"一歩踏み出して"、左手側を歩いていたモトの裾を掴んでこちら側に引き込んだ。

クルリと回って位置を変え、その最中に番傘を開いて路地に向ける。

パッと開いた傘、その下の隙間から、こちらに"跳んで"きた妖の足元が、微かに見えた。


「ナンダ?」

「ドウシタ。アレ」


普段の光景が流れていた通りが、一瞬の内に非日常へと変わる。

開いた番傘を妖の方へ突きつけたまま、通りの中央までやって来た私達。


騒然とする通り。

その喧騒に紛れて、何かの音が"頭上"から聞こえている。

妖に向けた番傘を、そっと上に上げると、脇差を構えた妖の姿が明るみの下に居た。

身なりが"変に"整った妖。

その眼は鋭く、騒がしい通りの中でも、落ち着き払っている。


「その身なりで"セコ突き"は、武士の恥じゃないの?」


傘をモトに押し付けて、妖に一言。

妖は、こちらをじっと見据えたまま、脇差を構えて一歩、こちらに近づいてきた。


「モト、往来で刀を抜くのは不味いよね」

「言ってる場合かよ」

「それもそうか。モト、その傘。後ろで、ちゃんとさしててよ」


睨み合い。

さっき腰に戻したばかりの刀の柄に手を当てる。

私も妖も、欲しいのは"互いの一歩"だ。


「……」

「……」


少しの間の静寂。

周囲のざわつきも、徐々に収まり、不思議な緊張感が包み込む。


その静寂に、一瞬の不協和音。

上から聞こえる、何かが軋んだ音。


「!」


私の視線が一瞬だけ、上に向いた時、目の前の妖の影がブレた。

トン!と地を蹴り、モトを後ろに飛ばしつつ、抜刀。


通りに刀が交わる甲高い音が響き渡った。

ようやく妖の表情が変わる。

震える腕、支える足元は砂の上。

そのまま一歩後ろに押し込まれた所で、ようやく刀を弾き返す。


「シンデモラウゼ」


対峙した妖の一言。

何かが"引かれた"ような物音に、頬から嫌な汗が流れていった。


「上だ…!」


モトの声。

視線は、迫ってくる妖から逸らさない。


「赤を!」


その一言の直後。

私達の周囲が真っ赤な光を放つ。

一瞬の輝きに、妖の瞳が翳りを見せた。


「っ…!」


その光が"爆ぜる"時。

一歩足を踏み出すと、刀を振るい上げ、直後に切先で一文字を描く。

宙に浮く妖の刀、妖の胸元と腹の間に、向こう側の景色が見えた。


「沙月!ヤバいぞ!」

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