65.何かが分かったのなら、後は行動に出るだけだ。

何かが分かったのなら、後は行動に出るだけだ。

それだけなんだけど、イザ動くとなった時、何故か足が踏み出せない時がある。

そういう時は、大抵何かが足りてない時だけど、私は馬鹿な女だから、嫌な勘を隅に追いやって、そのまま突き抜けてしまう。


「さて、準備は良い?」


オレンジ色の空の下、ここに来てからの日課となった、高台に出向く朝。

昨日までは、呪符を使ったアレコレをやっていたが、今日はただ散歩に来たようなものだった。


「これで良いんだろ」


私の横に立ったモトは、そう言ってクルリと一回り。

"私と同じ"仕掛けを施した青い和服を着て、顔には狐面、耳にはピアス、手には番傘、腰には刀を2本。

狐面を半分被った私から見ても、"妖"っぽさを感じる彼の姿を見つめると、ゆっくりと彼にサムアップして見せた。


「似合ってる似合ってる」


着物も、狐面も、番傘も、刀までも全部私が手を入れた品で、今の私とペアルック。

昨日までのモトとは、ちょっとだけ違って、それが妙に頼もしく見える。


「虎穴に入ろうって言うんだから、最善は尽くさないとね」


高台から"異境"の街を見下ろすと、丁度"朝の"時間帯に活動し始める妖達の姿が見えた。


「今日で終われば良いけども」

「場所だけ見つければいいんでしょ?サクッと済ませて、"現実"に戻ろう。多分、私はここから出れば、少しの間体調崩すだろうけど」


クックッと喉を鳴らして笑みを浮かべ、モトの方に顔を向ける。

昨日までとは面構えの違う狐面が私の方に振り向いた。


「じゃ、行きますか」


高台からの景色に踵を返して、来た道を引き返す。

これで、このまま街に出れば、後は"ゴノヤカタ"を探すだけ。

そう思って、昨日までよりは軽やかな足取りで丘を下って行く。


「そう言えば、"ゴノヤカタ"で通じるかな」

「さぁな。名前が分かれば、誰か彼か分かると思うけど」


小走りで丘を下って行き、そのまま街まで後少しとなった時。

不意に、私達の足はピタリと止まった。


「…ん?」


高台に繋がる獣道。

街が向こうに見えるだけになった頃、私達の行く手を妖が塞いでいる。


足を止めると、私達と妖達の間の空気が一瞬固まった。


その妖が私達を見つけてニタっとした笑みを浮かべた辺りで、彼らが"友好的"ではない妖だと理解できる。

モトを、そっと背中側に隠すと、私は小さくため息をついて彼らに話しかけた。


「誰かお探し?」


ふざけた声色で、三下みたいな出で立ちの妖に尋ねる。

彼らは、品の無い笑い声を上げ、何も答えずにこちら側に突っ込んで来た。


「あらま?」


一歩引いた右足。

眼前に見える妖の手には、短刀が握りしめられている。

彼らは、私達の腰に下げられた刀がなまくらだとでも思っているのだろうか?


「ちょっと、傘持って下がってて」


番傘をモトに押し付けて、腰に下げた刀に手を掛けた。

朝一の準備運動には丁度いい。

そこまで素早く無い、妖3体の動きをジッと見据え、時を待つ。


狭い一本道。

馬鹿3体が横に連なって向かってくる。

素直に並んで来たならまだ良いものを。

少しズレて向かってきたのが運の尽き。


一閃。


向かってきた1体目の妖の、肘から先を切り捨てた。

刹那、耳に劈く叫び声。

それをニヤリと受けて、視線を右に切る。


慌てふためく顔。

サッと右足に力を込めて近づいて、刀を振るえば、1体目と同じ結末が描かれた。


「沙月!」


2体の悲鳴の合間から、モトの叫び声が耳に届く。

彼に言われなくとも、左側の妖の気配は、十分に感じ取れているさ。

左足で踏ん張って、体を捻って刀を背後に突き刺した。


「ギ……」


手ごたえあり。

背後を取って安心しては駄目だろう。

刀を抜いて、体を捻って対面して、痛みに顔を歪める妖の手先を切り飛ばす。


「さて、こんなに気持ちの良い"朝"を台無しにしてくれた君達に、聞きたいことがあるんだ」


この一瞬で両手を失い、腰を抜かして倒れた妖達。

間近にいた妖の顔先に、右手で保持した刀を突きつけて、左手で"呪符"を見せれば、彼らの悲鳴には別の感情が混じってきた。


「どうせ、すこし放っておけば手の1本や2本、生えて来るだろ?でも、これで"隠されれば"どうなるかな?ここに生きて戻ってこれる保障はないよ?」


嘲る笑みを彼らに向けて、ヒラヒラと、手にした呪符をなびかせる。

彼らは何も答えることは無かったが、さっきまでのニタっとした気味の悪さはもう作れそうもなかった。


「人と違うんだよな。じゃ、喉を貫いても喋れるか?」


悲鳴をあげるだけで、何もしゃべらない妖の喉元に、刀の刃を軽くあてる。

クッと力を込めれば、喉にほんの少しだけ刃が食い込んで血が滲んだ。


「ンンンーーーーーーーー!」


ようやく反応らしい反応が見られる。

左右で腰を抜かしている妖は、私の様を見て青白い顔を更に青くした。


「誰の差し金かな?それとも、野盗?…それにしちゃ、街の近くすぎるよな」


見せていた呪符を仕舞いながらそう言うと、後ろに下げていたモトを手招いて呼び寄せる。


「見覚え無いよね」

「ああ、無いな」

「連れてって、通りに投げて晒せば誰か気づくかな?」

「悪趣味にも程があんだろ。顔馴染みの同心か、岡っ引きで良いなら連れてこようか?」

「最初の方に聞き込んだ妖?」

「連れて来てもらえる?もう少し、彼らで遊んでるから」


そういう私に、モトは頷くと預けていた傘を返してから街の方へと駆けだしていく。

すぐそこは街の喧騒、モトを見送ってから、震えたままの妖の方に顔を向けた。


「ヒ!」


叫び声を聞いた私の顔は、ほんの少しだけ口元に力が入って吊り上がる。


「これは、ただの"家探し"じゃ、済まなさそう。ま、良いよ。暇つぶしに乗ってやる」

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