64.頭が冷えて冷静になった時、思い出せる内容が今日覚えた事だと思う。

頭が冷えて冷静になった時、思い出せる内容が今日覚えた事だと思う。

勢いのまま色々と手を付けて、色んな景色を見て楽しんで、ワーッとやった後。

徐々に冷静さが戻ってきて、それでも鮮明に覚えていることがあるとするならば、それが頭の中に刻み込まれた"今日の事実"だろう。


「悪かったって」


モトの部屋に戻って来たのは、恐らく日付が変わる少し前辺り。

風呂から上がった後、銭湯の2階の様子が見たいからと言って梯子を登り、そのまま適当に時間を潰していた。

気づいたら、つまみにお酒に、なんか駄目な大人の好例みたいな事をやっていて、酔いが変に回る前にモトに連れ出されて、今に至る。


「そう思ってんなら、目の前の酒は何なんだよ」


ジトっとした目を向けてくるモト。

そう言いつつ、お酌に付き合ってくれる辺り、彼もそれなりに楽しんでいると思いたい。


「明日から忙しそうだもの。先に片付けておかないと」

「終わった後に取っておくものじゃないの?」

「嫌な予感がするのさ。変に暴れる羽目になって、妖になりかけてる時に飲んだら、本当に"こっち側"に来ちゃいそうで」


蕎麦屋での酔い方とは違って、今日の私達はちゃんと自我を保てていた。

買っていた酒を飲みながら、会話の話題は、銭湯での出来事一色だ。


「あの運び屋か?」

「そう。会ったのは3人だけだけど、行列はもっと多かったよね」

「ああ。10人ちょいは居たな」

「"ゴノヤカタ"って知ってる?」

「知らない。聞いたことも無いが、この間、行列を見たあたりにあるってことだったよな」

「連中が私達を見た場所が、出てすぐって言ってたもんね」

「明日、それを探す訳だな」

「そう。探して、報告に上げて終わりさ」


そう言って、空になったコップに酒を注ぐ。

酒屋で買った酒瓶。

一升瓶程度の大きさに入った日本酒を、水で割って飲んでいるが、中々酒が減っていない。


「正直、ここで打ち止めにしても十分だと思うけどね。後は上の"精鋭達"に任せれば良い」


コップに満たされた酒を眺めながら言うと、モトは小さく首を振る。


「いや、それじゃ駄目だと言われるな。まだ、何日かあるんだからって」

「早く出来た作文を突き返してくる教師か。あの妖は"何とかできる"けど。下手に突いて28号が出てきたら、私達で何とかできるかな」


お風呂上がりに酒が入って、赤く上気した顔で告げる真面目な話。

モトは、少しだけ自信を失ったような顔を浮かべていた。


「それもそうだけど」

「いざとなれば、私が表に立つからね。大分強くなったけれど。まだ危ないから」

「分かったよ」

「よろしい」


コップに酒を一口。

喉を熱くさせて、溜息を一つ。

モトは何も言わずに私の方をジッと見つめていた。


「しっかし、さっきの風呂もそうだけどさ。やっぱ、こっちの空気に充てられてるのさ。なんか、フワフワしてて、曖昧だけど」


酒の量が半分ほどになったコップをフラフラと揺らしながら、そのコップの先に見えるモトを見据えて話す。


「あそこでさ、長居しちゃ駄目だなって思ったのよ。人と妖の間を行ったり来たり。浴衣着て入ってたから、まだ間に立ってたけど。男女別とかなら危なかったな」

「妖になってたって?」

「ええ。思い返せば、いや。うん。何やってたんだろってなってるんだけどさ。手ぬぐい巻いてた辺りの私は、半分以上妖だった気がする」

「妖だったよ。言わなかったけど。言葉も混じってた」

「そっか。なら、尚更無茶は出来ないな。珍しく、帰ったら用事もあるし」


モトは私の言葉にピクッと反応を見せた。


「用事?」

「クラス会?みたいなのやるんだって」

「その手のに顔出すの、珍しいじゃん」

「まぁね。この間の事もあるし、大立ち回りは御免だ」


そう言うと、コップに残った酒を一気に流し込んで、フーっと溜息を一つ。

飲み切るには多すぎる酒。

感覚的にも、そろそろにしておかないと、明日に響きそうだ。


「だから、明日は"ゴノヤカタ"を探して、本家に戻って報告して上り。それが一番さ」

「そうだな。…沙月、寝る前にさ、1つ聞いて良いか?」


空のコップをヒラヒラ振って、机に突っ伏して、少し名残惜しそうにテーブルの真ん中にコップを置いた私に、モトは真面目な顔をして聞いてくる。


「……?」


コップから手を離して、黙って頷くと、モトは少しだけ目を泳がせながら、ゆっくりと口を開いた。


「沙月は、ここに、1日、居ただけで妖になりかけたんだよな?」

「そうだね。なんか、体も軽いし。ここの空気が"合っちゃう"んだろうさ」

「俺も、そこまで、辿り着けると思うか?」


モトの言葉に、私は思わず、だらけ切っていた姿勢を正す。

風呂上がりに、ほろ酔い気分で、心地よく蕩けていた頭の中が、急に現実に引き戻された。


「何さ、妖になろうっての?」

「そうじゃない。ただ、今のままじゃ駄目だと思ってるから。近づけないかなって思って」

「ああ。時折ここで暮らしていたりするけど、自分は変わりないから不安だって?」

「まぁ、そう。よく言えるよな」

「モトだもの。勘違いする前に正してくれるでしょ」

「ありがとよ。で、どう思う?」


真剣な相談なのだろう。

茶化して適当に誤魔化したい欲が強かったが、彼はそれを許してくれない。

私は、顎に手を当てて、少しだけ悩んだ素振りを見せる。


「そうだね」


思っている事を素直に言えば、きっと彼はそのまま突き進むだろう。

だけど、それを口に出すのは、止めておいた方が良い気がする。

酔いが一気に消えた頭は、何時も以上に回っている気がした。


「私みたいに、一気に"呑まれない"だろうけれど。少しずつ強くなってると思う」


言葉を選んで答えていく。


「朝のアレだってそう。去年、最後に会ったとは大違いだった」

「そうか」

「だけど」


プラスの言葉を、プラスにし過ぎない程度に紡いで、彼の反応を遮った。


「限界は、そろそろ近いと思うんだ。耳裏の、刺青横の傷に触れて思ったんだけど。きっと、モトは妖に近づくまではいけないと思う」


プラスの言葉の次は、マイナスの言葉。

そう言った私の前で、モトの顔は少しだけ翳りを見せる。


「妖に近づかなくたって良いじゃない。ロクでも無いんだし。あくまで人として、"強い人"になれると思うんだ。妖如きの力が無くたって、モトは努力家だもの。人のまま妖より強くなれるさ」


その言葉にも、彼の顔は少し曇ったまま。

その顔を見て、背中に薄っすら寒い感触を感じた私は、自らの傷を指してこう言った。


「私はモトが羨ましいって言ってるでしょ。多分、モトはその反対なんだろうけど。手が届かないなら、手が届く範囲で突き抜けるのも手だと思うよ」

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