63.普通じゃないことをしている時、覚える必要が無い事まで頭に残ってしまう。

普通じゃないことをしている時、覚える必要が無い事まで頭に残ってしまう。

光景と一緒に頭に残った事は、不意に何かの拍子に思い出せる。

そういう類の事で、何かプラスになるような事を覚えるのは、中々無いんだけどさ。


「モト。これを」


白い湯気が立ち込める中、湯船に浸かった私達。

電気風呂のピリ付く感覚に慣れてきた頃、隣に座ったモトに、手ぬぐいを手渡した。


「え?何?」


隣の湯舟には、探しても手がかりすら掴めなかった"運び屋"の妖が3人。

今は幸いにして、"異境"の妖に私達の存在は認知されていないが、この距離なら何があってもおかしくない。


「…!いえ…タダの手ぬぐいじゃないから。コレ」


一瞬、ロクでも無い発想が思い浮かんだが、直ぐにその発想を隅に追いやった。

困惑した顔を浮かべるモトの頭に、受け取ってもらえなかった手ぬぐいを巻き付ける。

そして、それに手を当てて、そっと念を込めると、困惑した顔が、驚いた顔に成り代わった。


「多分、ココじゃ私は"妖"として見られてるんだろうさ。デモ、モトは違う」


手ぬぐいに施してあった仕掛け。

使う気は無かったが、"無防備"にならざる負えない場所にいるのだから、備えは当然の事。

モトは、自らに仕掛けられた"呪符"の効果を感じたのか、何も言わずに頷いた。


「出るまでは、ソノママ、頭に手ぬぐい巻いててよ。取れれば、効果は消えるから」

「ああ」


モトに保険をかけて、黙り込んだ私達は、横の浴槽の会話に耳をすませる。

周囲よりは、少し妖の少ない電気風呂の辺り。

3人の、巨大な"運び屋"の声は、彼らの体躯並みに大声になって届いてきた。


「イツヨ?」

「サア。マダ、ワカラナイ」


さっき聞こえた"ゴノヤカタ"。

そこから続く会話は、どんな些細な事でも、私達にとって大ヒントとなるだろう。

思わぬ長風呂になってしまったが、そんなに熱くないお湯だから、もう少し粘れる。


「ツギ、クルマ、イクツ?」

「ゴ…ロク?アタリ」

「ソウカ、サイキン、オオイナ」

「"ムコウ"、ソレデモ、タリテナインダト」


大声で話す"運び人"。

その様子は、仕事の内容が混じっていれど雑談そのもの。

周囲の様子を意に介する様子も無い。


「ココ、アブナイ、チガウ?」

「アブナイ。ダガ、ダイジョウブ」

「ナゼ?」

「ミハリ、マダ、ダイジョウブト、イッテイタ」


妖の何気ない一言に、少しだけ息が詰まる。

彼らの方から目を逸らし、横にいたモトと顔を合わせたが、彼らの意識はこちらに向きもしなかった。


「ニブチン、助かったかな」


そっと、モトの耳元でそう囁くと、笑って無い目を彼に向けて口元を吊り上げる。

彼も、似たような表情を浮かべて頷いた。


「どうする?出ない?」

「あと少シ」

「分かった…」


揃って、少しだけ湯船に深く浸かった。

首までだったのを、少し浅く座って、顎の先が付くくらいまで浸かる。


「コノマエノ、ニンゲン、サキモリ?」

「ヒト?イタカ?」

「"ゴノヤカタ"デテ、スグ、イタロ」

「アア、ワカラネェ」

「イタンダ。タブン、サキモリ。サキモリイガイ、イルハズナイ」


影を薄くした直後、話題は私達の事に。

白い湯気のお蔭で、互いの姿はボンヤリとしか見えないが、それでも心臓は早鐘を打っていた。


「ヤバイ?」

「ミツカレバ」

「クルマ、イレラレル?」

「サイアク。タダ、キエレバ、オレラハ、ハガタタナイ」

「"ダンダ"デモ、ムリカ」

「ココデ、シゴト、デキナクナル。スコシ、シンチョウ、ナルベキ」


白い湯気の中。

そっと彼の方に目を向けると、ゆっくりと湯船から腕を出して、出入り口の方を指した。


モトがゆっくりと頷くと、私達はそっと立ち上がって湯舟から出ていく。

隣の湯船の妖達は、一瞬こちらに目線を切った様に見えたが、私達に気づいた様子は無さそうだった。


「セーフ」


出入り口が迫ってきて、ようやく私はニヤリとした笑みを浮かべる。

モトも同じような気持ちだったらしく、薄っすらと口角を上げた。


「さっさと拭いて着替えて、戻るか」

「そうだね。…アー、脱衣所にずぶ濡れで行くわけに行かないか」


緊張感が去った後。

さっきの空気に比べれば小さな問題が浮かび上がる。

一旦出入り口の隅に除けると、その横を妖達が通り過ぎていった。


「まぁ、モウ。なんか面倒だよね」


一旦、互いに見合ったが、そう言って気にせず浴衣に手をかけた。

私の行動に驚いて、目を背けたモト。

想像通りのリアクションに砕けた笑みを浮かべさせると、彼が見ていないうちに、浴衣を絞って体を適当に拭き上げる。


「妖に男女の区別は無いんだよ?今は"そっち側"だ」


顔を真っ赤に上気させたモトの顔を、クイっと両手で、こちらに向けさせてそう言うと、頑なに視線を上に向け続ける彼を見て笑った。


「先に行ってるよ」


一言、そう言った私は、扉に手をかけて風呂場を出ていく。

出てすぐ、浴衣でもう一度体を拭いて、濡れた浴衣が積み重なったカゴに浴衣を放り込むと、自分の荷物を置いた場所へと歩き出した。


ごちゃついた妖の間を縫って歩き、隅の方まで辿り着く。

持って来た風呂道具から、バスタオルを取り出すと、殆ど乾き切っていた水滴をサッと拭い、新しい下着と着物をパッと着てしまう。

タオルを頭に巻いて、道具の中に入れていた手鏡で自分の姿を一通り確認すると、道具を纏めて脱衣所の外に歩いていった。


「ム?エカキ?ダヨナ?」


脱衣所を出てすぐ、見覚えのある顔が私を見て声を上げる。

ガタイの良い、人で言えば大男である青鬼と赤鬼。


「あら、蕎麦屋さん、今日はもう終わり?」

「キョウ、ヒマダッタカラ、シメタ。ドウダ?キキコミノチョウシハ」


青鬼のヤマシロが、表情を変えずに、少し食い気味な声色でそう尋ねてくる。

私は彼をじっと見つめた後で、ゆっくりと、小さく首を左右に振った。


「空振りばかりでさ。ま、最後に、良い事知れたから、結果的には良かったんだけども」

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