62.終わったと思っていた日が急に動き出せば、こっち側の再始動に少し手間がかかる。

終わったと思っていた日が急に動き出せば、こっち側の再始動に少し手間がかかる。

あとは寝るだけとなった時に何かが起きて、そこから1日が延長されたとしよう。

そうなれば、昼間の"感覚"を呼び起こすのに時間はかかるものだし、その後の時間の感覚だって狂うものさ。


「あー、気持ちいいー」


真っ白に包まれた風呂場。

その中の一番大きな浴槽の隅に座って、首までお湯に浸かったならば、出てくる言葉はただ一つだった。


「偶にはこっちに来ようかな」

「本家もそれなりだけどね」

「いやぁ、ココはもっと良いよ」


妖達も浸かる湯船。

私達は、目立つような場所を避けて湯に浸かっている。

お湯は、何の入浴剤的な物も入っていない素の水だと思うが、入っていて妙に心地よい。

周囲の妖達の中には、徳利とお猪口を載せた盆を湯船に浮かべ、思い思いに酒盛りをしている者もいた。


「持ってきていいんだ。お酒」

「まぁ、家からシャンプーだのなんだのって持ってこれたし」

「それもそっか。普通でしょって思ったけど。駄目かもしれなかったのか」

「ま、言われてないならセーフだ」


手ぬぐいを頭の上に置いて、まったり周囲を見て回る。

今いるのは、一番大きな浴槽の隅。

その正面には、入って来た入り口が見えて、左手には洗い場が見える。

そこから、視線を右に切れば、水風呂の様な浴槽と、更に幾つかの小さな浴槽が見て取れた。


「ボンヤリとしか見えないけどさ。あっちは何なんだろうね」

「沙月を待ってる間に見てきたけど、電気風呂みたいだな」

「電気風呂?ビリっと来るやつ?」

「そう」

「電気も通ってないのに?」

「ああ。なんか仕掛けでもあるんだろうさ」

「へぇ。行ってみよ」


そう言って、隣に座ったモトの手を引く。

モトが驚いた顔を見せたのが、ハッキリと見えた。


「俺もかよ」


白い湯気と、暗い空間の中で、私達の髪色と白目の肌は目立つのだろうか。

私の目線から言えば、この空間の中では良く目立って見える方だと思うが。


「じゃないと、逸れても面倒だし」


モトを引っ張って湯船の隅から隅まで泳ぐようにして進み、ザーっと湯船から上がって入り口の前へ。

そのまま、電気風呂のある方へと足を進めると、その湯船の周囲には、妖の姿は見当たらなかった。


「ラッキー。開いてる」


周囲の喧騒が少し落ち着いた空間。

少人数で入れそうな浴槽に、モトを連れて足を入れる。

足を地に付ける間も無く感じられる、電気特有のピリ付いた感覚。


「おぉ」


ピンと背筋が伸びると、そのまま私達は浴槽の奥に入って行った。

私達が入ったものも含めて、4つ程ある電気風呂。

周囲に妖が居ないのは不思議だが、落ち着いた雰囲気の中で入るのも中々に良い。


「効くね」

「ああ。足と腰に…」

「おじいさんか」

「沙月と違って、修行でもしなきゃ動かないのでね!」

「動けば良いってもんじゃないのさ。柔軟性も必要だ」


ビリビリと感じる感覚に、ふやけた顔を晒しつつ。

さっきのお湯よりも温く、丁度いい塩梅とはこのことだ。


「あー、段々良い感じ…」


何気なく、モトの方へと顔を向けると、彼も私の方に向き直った。


「……」

「……」


互いにふやけた顔。

黙って見合うと、慣れたと思った事でも、妙に意識してしまう。

見合って、視線の行き場を無くして下に目が行って、で、直ぐに明後日の方へ目を向けた。


「透けてなかった?」

「セーフ。沙月、スゲー顔になってたぞ」

「それはお互い様だね」


顔が赤いのは湯気のせい。


「いや、見えたところで、今更か」


真っ赤に染まった顔で苦笑い。

モトも、私につられて似たような顔を浮かべた時、私達は何者かの影に覆われた。


「ん?」


顔を影を作った者の方へ向ける。

白い湯気の中、見えたのは巨大な人型の影。

目を凝らせば、サイズの合わない浴衣に身を包んだ、背の高い妖の姿だった。


「!?」


その姿、見覚えのある姿かたちは、"行列"を作っていた"運び人"。

言葉を失う私達。

咄嗟に、"何の力もない"モトを私の影に隠す。


「沙…」

「シー」


ピリ付く電気風呂の隅。

モトを角に追いやって、その角を隠すように、モトに半分寄り掛かるようにして彼を隠して様子を見る。


「……」


向こうも目立つが、こちらも目立つ。

"人"なんて種族、この世界では思わず勘違いしそうだが、"異境"で"人"と言えば、どういう扱いを受けるか、分かった事じゃない。


"運び屋"の妖は、数にして3人。

彼らは、私達の横の電気風呂に入ってきて、気の抜けた声を上げた。


「アァーーー」


一瞬で張り詰めた緊張感が解ける。

こちら側に顔を向けたものの、私達の姿が見えないのか、ボヤけているのか、"人"だという事までは分からない様だった。


「沙月」

「うん」


首をクイっと半分回して、間近にあるモトの顔を見る。

潜められた目は妖に向けられていたが、変に引きつった口元は、力なくふやけていた。


「一旦、並んで、くれるか…」

「そうだね」


そう言って、体をモトの横に戻すと、隣に居た妖達の声が耳に聞こえてくる。


「ツギ、マタ、"ゴノヤカタ"?ソコ、トリニイケバイイカ?」

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