60.予想できていたことだとしても、そうなってしまえば気分は乗らない。
予想できていたことだとしても、そうなってしまえば気分は乗らない。
最初は少しだけ希望を持って色々とやっていて、それがその内だらけてきて。
で、結局、ただの1日になろうとする頃には、ちょっとガッカリ来ている自分がいる。
「結局、収穫らしい収穫は無かったね」
オレンジ色の空に翳りが見えた頃。
少し早めの夕食にしようと入ったのは、適当な一膳飯屋。
それぞれが、思い思いの物を頼んで、それを突きながら、今日の総括に入っていた。
「収穫が無いのが収穫だったな」
「ここまで誰も知らないとか、有り得る?」
「割と高めの層にも聞けたと思うんだがな」
店の隅。
窓も無く、蝋燭の火しか明かりが無い、暗い席で言葉を交わす。
その中で、私は手を付けていなかった焼き魚に手をかけた。
「ま、場所だけ見つければ良いんだし。焦らない焦らない」
魚の骨をチマチマ取り除いて、身を食べていく。
ちょっと味の薄い煮付けだ。
一口食べて、少しだけ眉を潜めると、テーブルに置かれていた醤油さしに手が伸びた。
「ところで、この辺の料理、普通に手を付けてるけどさ。何処から取って来たやつ?」
「スゲー今更なこと言うな。全部こっち側のだぞ。だから種類何て知らないけど」
「おぉ…蕎麦とかは"現実"と大差ないけど。良いのかな。この手の食べちゃって」
「今更過ぎんだろ。蕎麦屋で食った天ぷらも、この手の魚の天ぷらあったろ?」
モトの突っ込みに、小さな笑みを浮かべつつ、醤油を落とした魚の煮付けを口に運ぶ。
何とも言えない食感に、味。
今度は、醤油の味が勝ちすぎだ。
「魚はこっちの勝ちだね」
「小樽の方と張り合えってのが無茶だろう」
「それもそっか」
昼間の聞き込みの事も忘れて、ただの"観光客"となった私達。
魚を横に置き、次に手が伸びたのは味噌汁。
つみれみたいなものが入っているから、つみれ汁というのが正しいだろうか。
「これも、何の練りもの何だろうね」
さっきまでなら、普通に手が伸びたはずなのに、得体の知れない物と分かると、急に恐る恐るになってしまうのだから面白い。
ズズッと啜ると、濃すぎず薄すぎず、丁度いい味の味噌汁の味が染みわたった。
「あぁ~」
魚とは違って、こっちは当たりだ。
つみれも食べてみたが、まぁ、この手の物にハズレは早々ないだろう。
「原材料は知らない方が良さそうね」
最近、家でも滅多に見ない和食が並ぶテーブルの上。
モトは、漬物を食べながら、小さく頷いた。
「ん…健康に良さそうだよな」
「普段、何食べてる?」
「家なら和食だけど。外の時はジャンキーなのばっか。ハンバーガーにドーナツにって」
「羨ましい。それで、その体型。ちゃんとしてたらモテるでしょうに」
「沙月に言われたく無いな。この間、修学旅行で来て会った時。滅多に話さないクラスメイトから"紹介しろよ"だなんて言われたんだぞ」
「あら。それは光栄」
「何だかんだ、ソレっぽい男がいたから何もしなかったけど」
「ソレっぽい男?って、私がフリーっぽく見えたら紹介してたのか」
「ああ、もちろ…って、冗談!…ってぇ!」
机の下。
彼の脛を軽く蹴り上げる。
厚底の下駄の角を当てたから、それなりに痛いだろうさ。
「ソレっぽい男ね…あぁ、正臣の事か」
痛がるモトを他所に、そう呟きつつ、適当な惣菜を口に入れた。
酢の効いた味が口内に広がり、直ぐに飲み込むと、それを味噌汁で浄化する。
「正臣?まぁ、知らないけどさ。あの、悪霊に好かれる奴」
「正臣で合ってるよ。だけど、そういうのじゃないのさ」
「そうなのか?」
「昔からの腐れ縁だけど。どっちかって言うと、私は除霊役みたいな?感じ」
箸を片手にそう言うと、モトの表情が「はぁ?」と砕けた。
それを見て笑うと、さっきの魚に箸を向ける。
「しょっちゅう憑りつかれるもんだから、その度に誤魔化しながら除霊してやってるの」
「そんな体質あるんだな」
「あぁ。何年も除霊してやって、この間、遂にバレたけどね」
「バレたって…」
「この間の、"冥暗"の一件でね。バレて、で、引き込んで口止めはしたけども」
「"隠して"ないの?」
「長い付き合いだし、そもそもバラして回ったところで、御伽噺も良い所ででしょ」
モトに正臣の話をしつつ、骨を取った魚の身をつまんで、それをヒョイと口に入れた。
今度は醤油の量も適量といった所。
さっきは感じられなかった、程よく甘い味が感じられる。
「藤美弥家とも繋がってるし、大丈夫だって」
「自由だなぁ、そっちは」
モトと私の間に、少しだけ壁を感じた。
「最近、私の周りには"防人"の素を出せる人間が増えてね。正臣もそうだし、あと一人、ジュンって子も私の素を知ってるのさ」
「それも何、バレたの?」
「元々知ってたみたい。八沙のとこの天狗の末裔だって」
「え?天狗の末裔って。人になれるの?」
何気ない話に、彼は結構なリアクションを見せてくれる。
最早箸をテーブルに置いたモトに、ニヤリとした苦笑いを向けると、私はコクリと頷いた。
「天狗だって、元々は人間さ。こっちの連中は、妖とみるや否や隅に追いやり過ぎたんだ」
「そりゃ…そうか。沙絵さんとか、八沙さんで見慣れてるけど、周りにいないもんな」
「沙絵と八沙ですら、元々はこっちに住んでたんだから。やりようだね」
そう言って、最後に残った魚の身をつまむ。
小さい身、直ぐに飲み込んで、味噌汁を啜った。
「母さんはまだ、沙月がいたから"真ん中寄り"になったけど。それ以外はなぁ」
「こっちはホラ、その辺のしがらみは適当なのさ」
並んだものを食べきって、やる必要はないのに、開いた皿を重ねてテーブルの隅に置く。
適当な事を言って、薄笑いを含めた顔をモトに向けると、彼は何とも言えない表情を浮かべていた。
「さて、夜も食べたところで。帰って寝るだけになったけど」
テーブルの上を綺麗にしたくらいにして。
片付いたテーブルに頬杖を付いて、モトの目をじっと見据える。
狐面を再び被った彼の表情は見えないが、首を傾げたから、言いたいことは分かった。
「どうする?高校生らしく、規則正しくってのも良いんだけど。なんか不完全燃焼でね」
「なんだよ不完全燃焼って」
「何も収穫が無くて、ただただ"異境"で過ごしただけじゃない」
「夜遊びか何か出来ないか教えろってか。夜が本番だって?」
「そういう事。今の私は人であり、妖みたいなもんさ。徐々に妖に寄ってるまである」
テーブルから離れる前に、モトに無茶振りを振ってみる。
彼は顔を逸らせると、少し考えた素振りを見せてからこちらに向き直った。
「銭湯とかどう?」
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