58.見慣れない世界でも、1日過ごせばある程度分かってくる。

見慣れない世界でも、1日過ごせばある程度分かってくる。

例え、周囲に居る連中が人では無かった所で、私の振る舞いは変わらない。

危ない所に首を突っ込まない限り、そこに暮らしている者が居る以上、何とかなるのだ。


「この部屋もさ、折角なら時代観合わせれば良かったのに」


蕎麦屋から帰って、すっかり夜が深くなった頃。

モトの部屋に戻って、何となく丸い窓の枠に腰かけた私は、眼下に広がる街並みと、そこを行く妖達の姿を見下ろしていた。


こちら側は、白い壁に青いタイルカーペットが敷かれた"近未来風"のワンルーム。

向こう側は、藍色の空の下、時代劇の世界観のまま、歪に進化した世界が広がっていた。


「部屋まで暗いのは嫌だったんだ。古い家の中って変に暗いじゃん?」

「その暗さが良いんじゃない。この景色に合ってる」

「嫌だよ陰気臭い。それに、ここだけは"現実"でもあるんだ」


そう言って、モトは狐面とピアスを外す。

スーッと、彼から妖の気配が消えた。


「部屋中に"呪符"を貼り込んでてね。ここだけは妖気が漂わない」

「瘴気でやられることも無い…と。通りで少し空気が重く感じる訳だ」

「なんで妖寄りの反応するんだよ」

「生憎、素で"こっち寄り"らしいし。大丈夫、こっちの空気でも生きていけるから」

「へぇ…沙月にとってはさ、現実の方が過ごしづらいんだ?」


狐面とピアスを棚に仕舞ったモトは、私の傍のソファに腰かけ、こちらに顔を向ける。

彼の問いに、首を縦に振ると、ごちゃついていて、何故かずっと見ていられる景色に背を向けた。


「ここが過ごしやすいだけさ」

「やっぱ人間じゃないんじゃない?」

「そんなこと言わないでよ。ちゃんと"普通の人間"だよ?私はね?」


そう言って、私の周囲に微かに漂う緑色の靄。

モトは苦笑いを浮かべ、両手をあげて見せた。


「にしても。収穫無しだったな」

「初日で何か得られるとは思わなかったけど。ちょっと期待してた」


話はそのまま、昼間の"聞き込み"の話題へ。


「怪しそうなのは、あの掲示板近くであった爺さんかな」

「あれが敵だったとしたら、モトを護り切れないでしょうね。妖力が半端じゃなかった」

「そうじゃないことを祈ろう。沙月の母さんの事知ってたみたいだし」

「ええ。家の"命名規則"すら知ってたし。モトの家の事だって直ぐに当ててた。この"異境"の古株なんでしょうね」

「だろうよ」


白い空間で、私達の声だけが部屋に響く。

作りの良い部屋、外の喧騒は部屋の中に入ってこない。


「沙月は?何も手掛かりというか、勘も働かなかった?」

「うん。全く。どの妖も、その辺の人間よりもよっぽど話が通じるなって思った位」

「人間よりって…」

「なんかさ、時代劇とかで酷い目に遭ったりするけど、最後は幸せに暮らしましたってオチがつきそうな町民ばかりでしょ?」

「スゲー例えだけど、なんか分かるかもしれない」

「なら、その手の時代劇で出て来る"敵"は凄い近くに居るはずなんだけどねぇ」


そう言うと、丸い窓枠から床に降り立つ。

テーブルの隅に立てかけた番傘を手にして、モトの向かい側に座った。


「私達の世界じゃ、悪役を引き受けるのは"鬼"なんだけど。防人だと分かって、探し求めている事すら知ってて、美味しい蕎麦は食べさせてもらえないでしょ?」

「確かに。あの青鬼と赤鬼なんて、俺がココに部屋借りた時から見てる顔だし」

「赤鬼の…タンバ?だかには警戒されてたけどね」

「あの鬼は気が小さいのさ。ヤマシロさんとかはホラ、職人気質な昔気質の人だけども」


言葉を交わしつつ、番傘を広げて横に置き、着ていた和服に仕込んでいた呪符を全て取り出しテーブルに置く。


「で、何してるのさ」


その様子を眺めていたモトが、ようやく番傘の方に目を向けた。

私は曖昧な笑みを浮かべて首を傾げ、彼の方に右手を突き出す。


「なんか書くもの無い?」

「筆しかないぞ?」

「また筆か。それでいいよ。貸して」


モトの問いに答える前に、彼から筆を借りて、呪符に文字を書き足していく。

文字を書き足し、模様を付けたし、最後の仕上げは、指先から送り込む念。

念を送り込んでも、呪符は何時ものように光らない。


「失敗?」

「いや、成功だよ」


モトから見れば失敗だろう。

だが、指先にピリ付く感覚が返って来たのを感じられた私にとっては、成功だった。


「ノリとか無いよね」

「うん。そろそろ何してるか教えてよ」

「コレさ」


出来上がった"御守り"を、開いていた番傘の、傘布の裏側に貼り付ける。


「身を護る道具を持っておいた方が良いかなって」


和紙で出来た傘布、その裏側に"御守り"を当てて、指先でそっと念を込めれば、"御守り"と傘布に塗られた油が溶け合って一体となった。


「そんなの作れるのか」


これで、まだ1枚目。

モトも、まだ効果がピンと来ないらしい。

だけど、裏側が"御守り"で埋め尽くされた頃には、彼も気づくことだろう。


「この手の工作は、出来ておいて損は無いからね。何かを傷つける技じゃないんだし」


1枚目を無事に貼り終えて、要領が掴めた私は、テキパキと手を動かし始めた。


「その為に傘を?」

「まぁ、蕎麦屋の奢りもあったし…って。この"異境"、表側以外はちゃんと危険地帯っぽそうだったからね」

「どこでそれが分かったんだ?」

「裏路地から感じる視線に、偶に妖の中にも"アブナイ"奴等が紛れてこっちを見てた」

「何も感じなかったんだけど」

「その手の気配は、近くに"同じ匂い"のする奴がいないと嗅ぎ取れないものさ。八沙みたいな"元々敵"だった連中がいないとね」


手を動かしつつ、"御守り"を作っては番傘の裏に貼り付ける作業。

モトは私の手元をじっと見つつ、何処か熱のこもった視線をこちらに向けていた。


「防人の名があるから手が出せないのさ。入舸みたいな"嫌われ者"ですら、彼らからすれば防人の加護の下。藪蛇だと分かり切って手を出すアホはいない」

「そうなのか…なぁ、その気配を感じ取りたいなら、何か出来ることは無いのか?」

「良いんじゃない?感じ取れなくたって。洛波羅と知れていれば、この"街"に居る限り手出しはされないだろうから」


ペタペタと、傘布に貼り付けてそう言うと、いつの間にか身を乗り出していたモトの顔が間近に寄ってくる。


「それでも!もっと強くなりたいんだ。もっと"カン"を鋭くしたい。何か無いのか?」


彼の言葉に、私は思わず手を止めた。

"御守り"から手を離し、彼の問いには何も答えず、彼の頬をグイっと横に向ける。

「え?」と困惑する彼を他所に、確認したのは耳の裏の"傷口"。


「ほー」


その傷口は、ここに来る前に触った時から、少しだけ傷が広がっていた。


「あのお爺さんが言ってたでしょ。"戻ってこれなく"なる。だから、教えない」

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