57.作られた暗がりなら、わざわざ怖がる必要もない。

作られた暗がりなら、わざわざ怖がる必要もない。

自然にある暗がりであれば、どれだけ気にしないのだと言い聞かせても、ちょっとは身構えるのだけど。

それが、自然で無いのなら、誰かの手が入った暗がりだというのなら、何故か気にならないのさ。


「絵を描けってかい」


オレンジ色の空が藍色に染め上げられた頃。

大した収穫も無いまま夜を迎え、昨日と同じ蕎麦屋で夕食にでもしようかと立ち寄り、蕎麦を食べ終え駄弁っていた頃。

私達は、昨日と同じように妖に囲まれていた。


「ソウ。メズラシイモノ、ミレルトキイタ」


囲んできたのは、昨日とは違って"若い"妖。

パッと見と、話してみた感覚だが、彼らは私達よりも若いと思う。


「良いけどもさ」

「皆、昨日いた連中より若いけど、幾つ?」

「サキモリ、ソッチデイウ、ジュウニ」

「若!…って俺等の3つ下か」


和紙に筆を走らせている間、興味深そうに私の手元を眺める妖。

モトが適当な会話を仕掛けると、思っていた以上に、周囲の妖が若い事が分かった。


「門限無いの?」

「ナニソレ」

「ほら、いついつまでに家に帰ってこいみたいなの」

「アア、トックニ、スギテル」

「…良いのか?門限破りなんかして」

「イイ、アソコ、オヤイル」

「へぇ、ホントに日本と変わらな…ああ、沙月、昨日のだ」


妖の絵を描きながら、モトが示した方をチラ見すると、そこには昨日出会った妖が酒盛りしている姿が見える。


「あんだけ酒飲まねぇって言ってたから、空気読んでくれたのかな」

「代わりにお守り任された位にしてか?」

「ま、本来はそっちのが健全か」


子供の妖を前に、ちょっと大人ぶった事をしたい年頃の私達。

そう言って互いに苦笑いを浮かべている間に、目の前にいた子の似顔絵が出来た。


「さぁて。出来たよ」


筆を置いて、フーッと和紙に息を吹きかけて墨を乾かす。

ちょっと太めの線で描かれた妖の絵。

向かい側に座っていたモトが、出来た絵を見て感嘆の声をあげた。


「よく墨で書けるよな。相変わらず上手いし」

「1人遊びは、好きだからね」

「またそんなこと言って。高校でも美術部?」

「一応ね。幽霊部員だけど」


モトと言葉を交わしつつ、乾き具合を確認して、もう大丈夫だというところで和紙を妖に渡した。


「ほら」

「トリコンデ」


和紙を受け取った妖が、そう言って返してくる。

私は首を左右に振って、手を眼前に持って来た。


「ドウシテ?」

「君じゃ"まだ早い"からだ。ちゃんと、自分の身は自分で守れるようになってからさ」

「マモレル」

「そう?」


食い下がる妖に、適当な呪符を取り出して"黒く染めて"見せる。

妖は、驚いて目を見開き、数歩下がった。

数歩下がり、一緒に囲んでいた"同じ年くらい"の妖の影に隠れる。


「ね?まだまだなのさ。こっちの相方と一緒でね」


呪符を元に戻して仕舞いこみ、ついでに向かい側のモトを弄ってニヤリと笑うと、モトがジトっとした目でこちらに目を向けた。


「沙月」

「この子とかと一緒に修行するのもアリだと思うよ?妖なんだ。弱いのは今のうち」

「ツヨクナッタラ、トリコンデクレル?」

「ああ、その時には、また絵を描かないと駄目だけどね。…で、他に書いて欲しい子居るの?」


そう言って、周囲の子たちを見て回る。

直ぐに、幾つかの妖の子が手をあげて私の前に並びだした。


「3人かぁ…似てる顔だね」

「君達は兄妹か?」

「「「ソウ!」」」


並んだのは、三つ子にしか見えない三兄弟。

私とモトは、目を合わせた後、机の上に目を向ける。


「店員さん。ちょっと大きめの紙あったりしない?」


小さな和紙の残り枚数は2枚。

数は足りないし、折角なら3人まとめて書いてしまいたい。

ならばと、近くを通った"タンバ"と呼ばれていた赤鬼を呼び止めると、彼は私達の周囲を見て状況を察してくれた様だった。


「ニンキモノ」

「お陰様で」

「モッテキテヤル」


身近なやり取りののち、赤鬼は店の奥へと消えていく。

そして、少しの後、再び姿を見せた彼は、A2サイズ位の和紙を持ってきてくれた。


「ありがと」

「アア、トコロデ、シュウカクアッタカ?」

「収穫?」


紙を手にして、テーブルの上に広げて、不意に告げられた問いに首を傾げる。

タンバの方に目を向けると、彼は何とも言えない顔つきをしていて、心情が読み取れない。


「ギョウレツ、ハコビニン」

「ああ、全く手掛かりなしさ」

「ソウカ」

「この近辺でやってんだし、誰かが手引きしてなきゃ、騒ぎになるだと思うんだけどね」

「ダナ」

「だから、この辺で聞き込みしてたんだけど何にも手掛かり無くってさ」

「ホウ」

「本当に何も知らないの?」


赤鬼は、一瞬ピクッと反応を見せたが、直ぐに目を閉じて首を振り、肩を竦めた。


「シラネーナ」


タンバはそう言って去って行く。

それを見送る私達。

それからすぐに、乾きかけた筆を手に取り、筆先を墨に浸した。


「モト、今の何点?」


目の前の妖達の絵を描き始めつつ、何気ない口調でモトに問う。

彼は、机に頬杖をついて、私が走らせる筆先を目で追いながら、やがてゆっくりと口を開いた。


「45点」

「思ったより低いね」

「じゃ、55点よりの50点」

「曖昧な奴」

「しょうがないだろ。今は曖昧なままなんだから…ま、明日何が出て来るかって所だろうよ?変なオヤジさんに言われた通り、適当に過ごしていれば、何かあるかもしれない」

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