56.知ってるはずの事を、詳しく知らないのだと気づくと急に怖く感じる。
知ってるはずの事を、詳しく知らないのだと気づくと急に怖く感じる。
常識のように出て来る単語や概念、誰と話していても"通じる"事柄。
それを「何なのか?」と問うて見れば、途端に何も答えられなくなるのは、何故なのだろうか。
「シラナイナ」
通りに面した大きな酒屋。
オレンジ色の空に、少し翳りが見えてきた時間帯。
店に立っていた鬼に尋ねた結果は、芳しいものでは無かった。
「アノ、"マツリ"。ハコビニンモ、ヨクミルガ、ドコノモノカ、ワカラナイ」
「そっちは祭りって言うの。あー、じゃぁ、祭りか、運び人のどっちかに詳しそうなツテがあったりしない?」
「"ヨミウリ"サガス、ソレカ、"カゴヤ"カ"ヒキャク"ヲ、タズネテミルンダナ」
「文屋か。あとは、餅は餅屋って?」
「アア、アノ、"マツリ"。ヨクミルガ、コクチナイ」
「期待薄ってところか。ま、ありがと。これ、情報代」
聞き込みの流れも結果もさっきと同じ。
目についた、"飲んでみたいデザインの"酒瓶を手に取って酒を買う。
傍に居たモトが、それを見て苦笑いを浮かべていた。
「それ、家で飲む気?」
「うん。いいかなって」
酒を買って出て、再び妖の中へ。
「本当にさ、江戸時代みたいだよね」
「まぁ、本家がそう仕向けてるし」
「読売探せって、あれでしょ?新聞読みながら練り歩いてるようなの」
「そう。駕籠屋に飛脚は、部屋の近くにあった気がするから、帰りがけに寄ればいい」
「どっちも期待できなそう」
番傘と酒を手にして言う。
今度探す相手は、その辺をふら付き歩いているはずの文屋。
さっきまでやっていたような、手当たり次第、妖に聞き込みしまくって歩くのと大差が無かった。
「さっきの酒屋で何人に聞いて回ったっけ?」
「さぁ?通りがかり含めりゃ、30は行ってるよな」
「全員、行列の事も運び人の事も知ってるのに、詳細は知らないって言うんだものなぁ…」
「適当な長屋に入って探って回るかって思えてくるよな」
「そもそも、私達がノーヒントで、たった数日で探り当てられる方が奇跡だよ」
「ま、まだ1日目。やるだけやって駄目なら、それならそれで本家が出張るだけさ」
徐々に暗さを増していく通り。
十字路に差し掛かかって立ち止まり、周囲を見回してみる。
今日歩いた範囲は、昨日訪れた場所から大きく外れてはいないから、目に見えた通りは全て、何となく見覚えがあった。
「モト、あれは?」
目に映った景色。
似たような繁華街が視界に映る中、唯一目を引かれたのは、すぐそこに見えた木の看板。
「伝言板。求人とかも出てるし、後は…あぁ、新聞も貼られるっけか」
「へぇ…書いたらひょっこり出てこないかな」
「どっちが?」
「流石に28号は勘弁願いたいから、運び人の方」
「落書きみたいに書けるし、アリなんじゃない?」
十字路を右に曲がって、見えた看板の方へと歩いていく。
巨大な木の看板。
そこに、乱雑に紙が張り出されていて、その全てに妖怪文字が踊っていた。
「何て言えば通じるさ?」
「"行列"の"楽器持ち"とか書いて、姿を見せて欲しいです!とかか?」
「そんな感じで、姿も書いとけば間違いなしか」
そう言いながら、木の板の隅に貼られていた"白紙"の紙の束から適当に1枚破って、乾き切っていた筆を走らせ文字を書いていく。
それから、"こんな感じ"という風な、適当な絵を載せて、看板の隅に貼り付けた。
「気休め~」
急ごしらえの"求人"。
それを見て砕けた笑みを浮かべて、モトの方に顔を向ける。
彼の向こう側、ちょっと離れた所に、こちらをじっと見つめる妖の姿が見て取れた。
「ん、モト、後ろ」
近づいてきた妖。
モトにそれを知らせて、彼を私の横に置いて、妖の出方を伺う。
「何か?」
妖が近づいてきて、言葉を発する前に先制で一言。
首を傾げて尋ねると、妖は少し目を見開いた。
「ベツジン。ダケド、オマエ、エカキダナ?」
背の低い、老人のような妖。
皺くちゃの顔に、細身の体躯…だけど、何故か敵う気がしない風格の妖。
そんな妖に、コクリと頷いて答えると、妖の顔はパッと笑顔が零れ出た。
「ソウカ。"イリカ"ダナ?」
「ええ」
「サユキ、ゲンキカ?」
掠れ声で告げられたのは、母の名前。
モト共々、驚いた顔を浮かべて見合った後、妖の方に向き直って頷く。
「ムスメカ」
「はい」
「ソウカ、サユキ、オマエクライノトキ、ココニイタ」
「……はぁ」
「ソコノ、オトコ。オマエ、ラクハラダロ?」
「そ、そうです。洛波羅元治と言います」
「フ・・・ソウカ。モトハル。"サツキ"、シゴトダロ?」
「は、はい。最近、見かける、楽器とかが鳴る"行列"について調べてました。ココの妖達は"祭り"とか言ってましたが…その中に、駕籠持ちが居て、その中に人が…」
「アァ・・・」
「知っているんですか?」
妖の反応に、食い気味に身を寄せる私達。
だが、妖は優しげな笑みで笑ったまま首を振った。
「マツリ、ヤッテイルノハ、シッテイル。ダガ、ナイヨウハシラナイ」
「そうですか…どこの誰が開いているのか、何処に拠点があるのかが知りたいんですけど」
「アァ・・・シンパイハ、イラナイダロ」
楽観的な答え。
私達は揃って首を傾げて、私よりも背の低い妖をじっと見つめる。
妖はそんな視線を受けても怯まず、こちらをまっすぐ見つめ返してきた。
「ウロツイテイレバ、ソノウチ、アエル」
「楽観的ですね」
「サキモリ、トクニ、イリカ、ラクハラ、ソロッタナラ、ナニカオキルカラナ!!」
そう言って、妖は高笑いを一つ。
周囲の通りを行く妖達の視線が、一瞬こちらに向けられた。
「シツレイ」
注目を浴びた妖は、そう言って咳ばらいを一つ。
その後で、か細い両手で私とモトの腕を掴んだ。
「ソノママデイイ」
雑踏に紛れ、喧騒にまぎれた暮れの時。
私達は、偶然出会った妖の雰囲気に、飲み込まれそうになっていた。
「ソレイジョウ、"コッチ"ニクルナ。アエルモノニモ、アエナクナル。ソノママデイイ」
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