55.足で稼ぐのは、色々な経験への基礎になる。

足で稼ぐのは、色々な経験への基礎になる。

結局、見たり聞いたりするだけじゃ駄目なのさ。

古い家柄の田舎人間だから、愚直に足で稼いで、見て聞いてやって、自分の糧にすることしか思いつかないんだ。


「お、既読ついた」


送ったメッセージに沙絵と八沙から既読が付き、スタンプが返って来る。

ここは、オレンジ色の空に覆われた"異境"の繁華街、その街角。

妖達に紛れた私達は、"行列"の情報を追い求め、昨日"行列"が流れていったこの街で、適当に聞き込んで回ることから始めていた。


「沙月」


少しの間別行動をしていたモトが戻ってくる。

その手に、三食団子が2本。

1本を私の方に差し出して、それを受け取って一番上の団子を口に入れると、程よい甘味が口内に広がった。


「あいあと」

「飲んでから喋ろうな。それより、何か掴めたか?」

「…ん、ううん。何も。祭り扱いされてるのは確かなんだけど」


団子を片手に、どちらからともなく小休憩。

昼間の時間でも妖が途切れる事のない、賑やかな繁華街の隅。

腰かけるに丁度よかった、店先の柵に寄り掛かる。

左右に目を配って、道行く妖達の姿を眺めていた。

通りがかりに、運び人の、あの巨大な妖が通ってくれればいいのに。


「この通りって、狸小路位の長さはあるのか」

「狸小路?」

「札幌にあるんだよ。違うのはアーケードじゃない事くらいさ」


そう言って見上げた頭上。

長屋が積み重なった様な建物が軒を連ねた通りの上には、電線のような物が張り巡らされ、そこから提灯が下げられていた。


そこに灯っているのは、電気が通った光。


「そう言えばさ、昨日、真っ暗だった気がするんだけど。電気、通ってるんじゃないの?」


何気なく思い浮かんだ疑問だった。


「昼間の間だけなんだ。電気は。防人本家から繋がってて、管理されてるわけ」

「なんだってまた」

「妖の力を削いで、削ぎ過ぎない様にする為。暗がりが"異界"の妖の本領だから」

「へぇ…じゃ、今は"夜中"ってわけ」

「そんなとこ。すっかり慣れたせいか、こんな感じでガヤガヤしてるけど」


合間の休憩は、団子3つが消える頃に終わりを迎える。

団子が刺さっていた木の棒を適当に捨てて、妖達の作る流れに乗った。


「この通りで手がかりナシなら、他に良い場所知ってる?」

「あるある。これくらいの広さの通りなら、全部店が面してるから」

「この街、どれくらい広いの?」

「洛中の4分の1位?」

「あぁー、何とも言えない広さだ。狭いようで、徒歩なら面倒な感じ」


適当な会話を交わしつつ、"話が通じそうな"妖が居ないか目をあちこちに向けて回る。


「ム?キノウノ…」


すると、丁度通りがかった通りの終わり際。

幾つかの妖が、私達を見て反応を見せた。


「エカキ、キノウノ、キノウノ」


足を止めて首を傾げると、殆ど人と外見の変わらない妖がアピールしてくる。

それを少しの間ジッと見つめて、頭の中の記憶と照らし合わせると、昨日、私達のテーブルを囲んでいた妖の中に居た妖に辿り着く。


「ああ、もしかして奢ってくれた?」

「ソウソウ」

「傘屋だったとはね」


足を止めた店の前、妖達が営んでいたのは和傘の店。


「シラベモノ?」

「そう。昨日の"行列"をやってたデカブツ連中の事、誰か知らない?って」

「アァ…シラネナァ」

「昨日も聞いたものね。アテとかない?アイツなら知ってる。みたいなさ」

「サァ、オイ、オマエ、ワカルカ?」

「ドーダロ。アッチノ、"サカヤ"トカ、ドーダ?」

「酒屋…」

「キノウ、シコタマノンダロ。エカキ、イイノミップリダッタゼ」


妖の何気ない一言が、妙に胸に刺さる。

モトと顔を見合わせると、彼は真顔ながらも何か言いたげな視線をこちらに向けてきた。


「酒屋ねぇ。あっちってどの辺?」

「アッチ。ソノカドマガッタサキ」

「ありがと、じゃ、これ、情報代と昨日の奢り分」


そう言って、適当に目についた番傘を2つ取って妖に渡す。


「リチギ」


妖が一言、そう言って値段が書かれた木の板を見せてくる。

懐から財布を取り出して、その値にちょっと色を付けて渡すと、妖は口角を吊り上げた。


「カネ、フルイ」

「あれ、使えなくなってる?」

「イヤ。ナツカシイダケ」


妖から傘を2本受け取ると、1本をモトに押し付けて、彼らに手を振った。


「じゃあ、また」


傘屋を後にして、傘を手にした私とモトは再び妖の中に紛れていく。


「荷物増やして」

「荷物じゃないよ。これも優秀な"武器"さ。部屋に戻ったら細工してやる」


傘を手に、怪訝な顔を浮かべて言ったモトに、私はそう言ってニヤリとした顔を向けた。


「酒屋に当たってみるよね?」

「ああ。駄目ならツテを聞いて…ってやってけば、今日明日もあれば大方回れそう」

「回って全部空振りなら、いよいよ打つ手なしだけど」

「こんなに広けりゃ、何だかんだ、どっかに縁があるだろ」

「そう祈っておくとしようか」


オレンジ色の空の下。

妖で溢れる通りを歩き、傘屋の妖に言われた通り、角を曲がって真っ直ぐ進む。

どの通りも、長屋が積み重なったような建物が左右に並ぶせいで、似た景色だ。


「迷いそうだね」

「碁盤の目だしな。そういう時は上を見るんだ」


モトに言われ、上に目を向けた。

見えるのは、電線と光る提灯だけ。


「1本の電線にかかった提灯の数と色で通りが分かるんだ」

「は?…何それ」

「今上にある白い提灯は、地図で言うとこの東西に伸びる通りってのを示してて、1本に付き5つだから、西から数えて5本目の通り」

「はぁ、南北は?」

「赤提灯で、北から数えればいい。今は…それもまた5本目だな」


モトの説明を聞きつつ、通りから外れた路地の方に目を向ける。

そこには、なんの目印も無かった。


「路地には何も無いよ。それに、夜になれば目印は何も見えないから、結局は慣れだ」

「覚えて損は無さそうだけど。あ、あれじゃない?酒屋さん」

「あれだ。そこそこデカい規模なんだな」

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