50.ここが現実ではないのなら、多少は普段と違う事をしたい。

ここが現実ではないのなら、多少は普段と違う事をしたい。

夢の中で、ここが夢だと気づいた途端、羽目が外れる性質だ。

今いる場所も、現実とは言えないのだから、多少は普段と違う事をしておかないと、損した気分になるんだ。


「美味しい」


運ばれてきた蕎麦を一口食べて出てきた言葉は、素直な感想だった。

時代劇の、映画村の様な"異境"の地。


オレンジ色の空が、徐々に濃い赤に変わって来た時間帯。

席の近くの窓から見える、長屋が積み重なった様な建物が、通りの左右に建っている。

それを見れば、ここが日本では無いのだというのは一目瞭然だった。


「普通の蕎麦だね」

「そりゃそうだろ」

「もっと異様な素材で作られてるのかと思った」

「だとしたら、こんな場所連れて来ないっての」

「それもそっか」


蕎麦と天ぷらに舌鼓。

時折、暖かいお茶で合間を持たせれば、あっという間に食べきれてしまった。


「ヤバい。食べ過ぎたかも」

「モト、男の子は今が食べ盛りなのだよ?」


空になった容器を前に、お腹を摩るモトにそう言うと、彼は目を点にした。

そんな彼を見てニヤリと笑うと、メニューが書かれた大きな木の板を指さして見せる。


「え?」

「"異境"の辞書に、未成年者って単語は無いよね?」

「沙月、何を考えて…」

「日本酒、飲んでみたかったんだよね」

「おいおいおい…」

「場の空気に酔ったっての?何か、その辺の席見ててさ、天ぷらに日本酒って組み合わせ見つけて、良いなって思ってたのさ」


狐面が半分程ズラされている彼の表情は、ほんの少し青ざめていた。


「すいません。あれ…そう、ソレ。ソレを…冷やで。あと天ぷら。適当に少な目で」


言葉を失った彼を他所に、私は"2人分"の天ぷらと日本酒を注文する。


「え?俺は」

「いいのいいの。食べさせないと、彼、小食だから」


勢いのまま注文を終えると、私は砕けた笑みを浮かべて笑い始めた。


「沙月…」

「アハハハハハ!モト。ちょっと違う事をするなら、ちょっと大きめに外さないと」

「俺まで同罪にしやがったな?」

「ええ!バレたところで、モトとなら、まだお仕置きも軽いでしょうし」

「変わんねーよ。というか、ヤケに手慣れた注文だったぞ」

「八沙と沙絵の真似だよ」

「あの鵺と天邪鬼…あぁ、そうだ。あの2人は?もし出来るなら手伝ってくれたり…」

「無理じゃないかな。どっちも顔馴染みの所に顔出すって言って出てったし」

「そうか」


そう言ってる間に、机の上の空いた皿が片付けられて、代わりの天ぷらと、2人分の日本酒が並べられる。


「ま、明日から取り掛かっても、6日は使えるのさ。前夜祭にしようよ」


並んだ天ぷらに目を向けて、それから、お猪口と徳利に目を向けた。

普段と違う場所で迎えた夜、こういうことをしたところで、何のバツもないだろう。


「マジかよ」

「酒、苦手?」

「飲んだこともないっての」

「私はね、悪酔いするかも」


そう言って、猪口を手に取る。

乗り気に見えないながらも、モトも猪口を手にして、そっとこちらに掲げてくれた。


「何だかんだ付き合ってくれるんだ」

「残すってのは忍びないしな」


そう言って、互いに一口。

少しだけ辛く、強い酒が一気に体中に駆け巡る。

目を閉じて、目元に皺を寄せて、一気に酔いが押し寄せてくる感覚に身を委ねた。


「んーーーー」


目をそっと開けると、既に顔が真っ赤になったモトの姿が目に映る。

そこから視線を下げると、天ぷらの衣が金色に輝いていた。


「こういうのも、ありだよねぇ」


まだ目を閉じて、顔を赤くしたモトを他所に、箸を手にして天ぷらを掴みあげる。

さっきと違って、塩を付けて口に入れると、日本酒の風味が残った口内に、一気に天ぷらの味が染みわたった。


「んーーーー」


味わって、その味に幸せを感じていた刹那。

不意に、ガラスが割れたような音が聞こえてきた。


「あぁ?」


そちらに目を向けると、どうやら入り口付近で揉め事の様だ。


「なんだ?」

「知らない。でも、コッチ見てない?」


青鬼と赤鬼が対峙している相手、それは、こちら側…主に私の方に目を向け何かを喚いていた。


「エカキィィィ!ナゼ!ココニイルゥ!」


聞こえてきた怒号。

向こうは私の事を知っている様だが、私は彼を見たこともない。

店内の注目が、入り口からこちらの方に向けられた。


「エカキ?」

「エカキッテ…」


ザワザワと、こちらを見て交わされる会話。

その言葉が私達に突き刺さり、いよいよ青鬼と赤鬼の顔がこちらに向けられる。


「モトォ、ここの店、"防人"の息、どんだけかかってんのよ?」

「それなりさぁ。少なくとも、奴ぁ"消しても"構いやしねぇよな」


私達は方針を固めると、互いに"左手を袖に入れたまま"席を立った。


「モトサン」

「コイツ、この辺のじゃねぇな!?」

「エエ」

「おーし、どいてな。ちょっと下がってろ」


モトの言葉に合わせて、私も鬼たちの前に立つ。

何の因縁か知らないが、私達の様子を舐めまわすように見ていた妖は、ニヤリとした表情をこちらに向けていた。


「知り合いか?」

「知らないよ」

「シラナイィィ?イワセナイゾ!エカキィ!ヨクモ!」

「ああ、分かった。でも、モト、どうだって良いや」


ヒートアップする妖の言葉も待たず、私は呪符を取り出し、妖の方へソレを突き出す。

一歩遅れて、モトも同じように呪符を取り出し、妖に突き出した。

私の呪符は金色に輝き、モトの呪符は一歩先に、真っ黒な光を放つ。


「…ク!」

「じゃぁな、"骨っ子動物"。向こうで仲間に会える事を祈ってるよ!」

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