51.絵を描くなら静かな場所が良いと思っていたが、それも今日限りだ。

絵を描くなら静かな場所が良いと思っていたが、それも今日限りだ。

静かな場所で、淡々と、スケッチブックにペンを走らせることしかしてこなかった。

でも、騒がしい場所で、適当な紙に、適当な筆でサラサラと描いていくのも、ちょっと楽しいじゃないか。


「良いのぉ?私が絵を描いちゃって。唐突な"お呼びだし"があるんだよ?」


頼んでいた徳利の酒も、天ぷらも綺麗サッパリ無くなった頃。

外の景色は暗闇に沈んで何も見えず、店内も少ない蝋燭で照らされるだけになった頃。

蕎麦屋の一角には、私とモトと、それを囲む妖で盛り上がりを見せていた。


「エカキサンダロォ?コンナ、コドモダッタトワナ」

「モト、シリアイダッタノカ」


骸骨を"隠し"終えた後、周囲で飲みかわしていた妖に囲まれ、酒を奢ってもらって、気づいたらこんな時間。

気づいたら、色々話している間に、紙と筆を貰って妖達の絵を描く羽目になっていた。


幾ら"現実"に近い"異境"といえど、まさかここまでとは思ってない。

本当に、時代劇の中の人になったような感覚。


「やっぱさぁ、沙月は有名人だなぁ」

「私じゃないよ。薄気味悪い力のせい。あぁ、あと、これのせいさぁ」


そう言いながら猪口に酒を注ぐと、4本目くらいの徳利が空になる。

猪口に注がれたそれを、一気に喉に流し込んで、さっきまで書いていた紙に手を触れた。

墨が乾いているのを確認すると、その紙を妖達に見せ、それをクシャっと潰して、右耳の"刺青"へと押し込める。


「オォー」


その所作に、周囲の妖達が歓声をあげた。


「ま、何かあったら"お願い"ね?」


そう言いつつ、酔いに酔った脳裏の片隅で、ほんの少しだけ「やってよかったのか?」と思ってしまう。

ひとしきり、周囲に集まった妖の絵を描いて、その全てを"百鬼夜行"に入れてしまったのだ。


「ソウナッテルノ」


代わりの酒を持って来た赤鬼が、その様子を見てボソッと呟く。

酒を受け取ると、周囲にいた妖が、赤鬼の肩をガシっと掴んだ。


「オメェモ、ヤッテモラッタラドウヨ?」

「ンー。シゴトアルシ。イイデスヨ」

「マーマー」

「イイッテ」


悪絡みする妖をいなして、赤鬼は空いた酒を盆に載せて帰って行く。


「チェー」


ノリが悪い赤鬼に、幾つかの妖がジトっとした目を向けた。

それを「まぁまぁ」と言っていなすと、別の妖が流れを変えてくれる。


「デ、ナンデ、ココニ?」

「ん?ちょっとね、調べものしててさぁ」

「シラベモノ?」

「さっきの"行列"をねぇ」


そう言うと、周囲の妖達は顔を見合わせる。

そして、その目の向く先は、蕎麦屋の店員、青鬼達の方へも向けられていた。


「シッテッカ?」

「オレァ、シラネーヨ」

「コッチモ。ナンカ、マツリ、ジャネーノカ」

「オーイ、"ヤマシロ"!。ナンカ、シッテッカ?」


ヤマシロと呼ばれたのは、憮然とした表情を浮かべてこちらを見ていた青鬼。

もじゃもじゃ髪と、無精ひげに顔を覆われた青鬼は、肩を竦めて首を左右に振った。


「オレハ、シラナイナ」

「ジャア、"タンバ"!オメェハドーヨ?」

「オイラモ、オナジダヨ」


徳利から酒を注ぎつつ、妖達の会話を目で追いかける。

タンバと呼ばれた赤鬼は、青鬼とよく似たもじゃもじゃ頭だが、顔は清潔そうで、それでいてちょっと小太りな鬼だ。

彼は、ヤマシロと同じく首を振ると、私とモトを見比べた。


「?」


目が合って、直ぐに目を逸らされる。

それを気にせずに、猪口に溢れんばかりに注いだ酒をもう一度、クイっと喉に流し込んだ。


「まぁ~……大した事でもねんだけどさ!」


トン!と木のテーブルに猪口を置く。

向かい側でその様子を見ていたモトは、少しだけ唖然とした様子を見せると、負けじと徳利に手を伸ばす。


「モト、マケテランネェゾ!」

「酒も負けるんじゃなぁ、勝てるのは勉強くらいだ」

「勉強は対象外!」

「はいはい」


私の様子に若干引きつつ、それでも、彼も私に負けない量の酒を猪口に流し込んでいた。

その猪口を手に取ると、意を決したような表情を浮かべて口元に持って行く。


「「「おぉ!」」」


歓声が上がる蕎麦屋の一角。

暗がりで、電化製品は何も無く、あるのはモトと酒と今日知った顔の妖だけ。

それでも、楽しい夜だ。


「やるー」

「カァァァァ!熱い!喉が熱い!」

「アーッハッハハ!モト、そろそろ限界なんでねぇか?」

「いや、まだだ!まだいける!」


真っ赤な顔の私達。

周囲の妖達も、徐々に酒に呑まれている者も見えだした。


「フタリトモ。ソロソロミセシマイダゼ。ソノヘンニシトケ」


そこに、ヤマシロがやってきて、呆れ顔を浮かべながら私達のテーブルの物を片付けていく。

彼の言葉に外を見てみると、街灯の無い暗闇には、何も映り込まなかった。


「おぉ…」

「あぁ、勘定ね」

「ソコノガハラッテルヨ」

「え?本当?良いの?」

「アア!キョウハタノシカッタゼ!」


集まっていた妖の1人が、ヒラヒラと手を振ってそう言って、店を出ていく。

1人、また1人と、周囲で飲んでいた妖達が立っては店を去って行った。


「じゃ、沙月、俺等も…」

「モト、手ェ、貸して」



閑散としてきた店に、私の声が響き渡ると、残っていた数名の妖が苦笑いした顔をこちらに向けてきた。


「酒の強さは俺の勝ちだな」

「はいはいー、負けましたよーだ」


苦笑いを、砕けた笑みに変えたモトに手を引かれ、ようやく立ち上がる。

平衡感覚が一切無い中、フラフラと彼の肩にグイっと寄り掛かった。


「さ、明日から働かないと駄目なんだから。今日くらいは楽させてやるさ」

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