49.見知らぬ土地で、見知った物を見た時は反応に困る。

見知らぬ土地で、見知った物を見た時は反応に困る。

ほんのちょっと感じるのは安心感だけど、その土地が危険だったとしたら、ちょっと困る。

見知った存在が、異質に感じてしまう時は、大抵良くない事が起きる前兆なのだから。


「これ見てよ」


モトがA4の紙を1枚、差し出してきた。

ヒョロヒョロした妖達の行列を眺めている通路の隅。


オレンジ色の空の下、石畳の上に立ち、和楽器の音を聴きながら、行列を眺める。

妖に混じって祭りの出し物を…それこそ、"よさこい"でも眺めている様な感覚。

私は書類を受け取ると、書かれていた内容を見て眉を潜めた。


「謀ったな?お得意の"見敵必殺"はしないの?」

「しないし、修行ってのも本心だよ。何だかんだ、毎回付き合ってくれるし」

「珍しい。京都で何かあった?ついでにやる事にしては、事がデカすぎるのさ」


そう言いつつ、書類をクシャっと潰して懐へ。

書かれていたのは、今も目の前を運ばれていく"駕籠の中の人"の処遇についてだった。


「別に"防人"も、罪人を助ける義理は無いんだけど。人攫いってのに違い無い訳よ」

「なるほど、妙な気配は罪人だったの。それが、何故か攫われこうなってると」

「そう。"28号"の仕業さ」

「またまた。こんな、"防人"の本家と繋がってる世界で?堂々とされたものじゃない」

「嘘じゃない。彼らは"運び役"。"28号"とは違う。運ぶ事なら何だって請け負う連中さ」

「じゃ、切り込んで助けても良い訳だ。大した強そうにも見えない訳だし」


そう言って、懐の短刀に手を伸ばす。

直ぐにモトの手が私の腕に伸びてきた。

彼のか細い手にギュッと捕まれて、止められる。


「違う。彼らは本当に"運ぶだけ"で何も害は無い。手を出せるもんか」

「幇助って言葉知ってる?あの状況、私達ですら動くのに」

「知ってるよ。沙月、ここは"異境"だ。俺等も現実の様に妖狩りはできないんだ」

「…それじゃ、これを眺めて"28号"様方は怖いですねって?」

「違う違う。俺等に頼まれたのは、本体を叩くことじゃない。さっきの紙よく読んで」


彼に言われるがまま、握りつぶした用紙を懐から取り出して開いて中を見た。

"観測外異界域非友好性団体第28号"の活動拠点を探し出せとのお触れが出ている。


「ここを"28号"の行列が流れてくってことはだ。この近辺に拠点があるはずなのさ」

「でしょうね。世界と世界を繋ぐにも、出入り口位は無くっちゃいけない」

「それを探し出せとのお達しだ。あの"運び屋"の事も、"行列"の事も詳しく分かってない」

「ゴールデンウィークなのに、休ませてもらえないの」

「高校生なんだから、休みの日は"勉強"しろってことなんじゃない?」

「余計なお世話だ」


そう言ってニヤリと笑って、用紙を再びクシャリと握りつぶした。


「他に目的は無いの?」


頭一つ分、高い所に目線を切って一言。

直後、狐面がこちらに顔を向けた。


「……」

「洛波羅家、"洛外"の家じゃなかった?それが、"洛内"の本家から繋がる"異境"に拠点を持つってのは、ちょっと変な気がするのさ」

「考えすぎだ、さっきから勘弁してくれ。沙月とは、こう…親のやってるみたいな面倒ごとを持ち越したく無い」

「そう、ごめん。なら、いいのさ。…ごめん、警戒しすぎた」


少しの間、2人の間を流れた緊張感がスーッと抜けていく。

その間に行列は過ぎ去っていき、妖達が再び通路を埋め尽くした。


「そろそろ夜だね」


フッと笑った私は、近くに見えた蕎麦屋の方へと歩いていく。

さっきまで、私を案内する立場だったモトは、少し遅れて付いてきた。


「モト、手持ちあるの?」

「そりゃ、ここに部屋持ってるんだし」

「じゃ、奢って?」


ニコッと笑みを向けて、蕎麦屋の方を指さす。

祭りを眺めていた時から、微かに感じる蕎麦の香りに興味が湧いていた。


「持ってないのかよ」

「当たり前でしょ、行き成りだったし」

「じゃ、屋敷に戻って…」

「こっからあの扉を潜って、ピリ付いた本家の食堂に呼ばれたとして、食べる気ある?」

「ぐっ…それも嫌だ」

「あの部屋に戻って自炊って言葉が出てこないのも分かってた」

「俺はともかく、沙月に任せたらどうなるか、考えたく無いもんな?」

「あの廃墟みたいな、積み重なった長屋は良く燃えるでしょうね」

「しゃーねぇか」


少しの間の押し問答。

折れたモトは、肩を竦めて蕎麦屋の方へと向かって行く。


オレンジ色の空の下。

歪な進化を遂げた江戸時代を見せられているような"異境"の隅。

妖に混じって過ごす不思議な日が、ようやく始まりを告げたような気がした。


「ア…ア…ヒト…!」


蕎麦屋の暖簾を潜るなり、迎え入れた鬼が両目を大きく見開く。

"人"という単語にピリ付いた店内。

応対したのは、私が知る"鬼"とは大きく違う"鬼"。

真っ赤な肌に角が2本、如何にも"昔話"に出てきそうな赤鬼が、私達を見るなり困惑し始めた。


「ソレ、サキモリ。ヨコノ、ムスメ、ハジメテミル」


困惑した、女型の赤鬼に、男型の青鬼がフォローに入ってくる。

どうやら、こちらはモトの事を知っているらしい。

"防人"という単語が出た直後、蕎麦屋の空気が少しだけ和らいだ。


「モトサン。ナニモ、アリマセンヨ?」

「そう言うんじゃないよ。今日はお客さん。彼女は沙月。俺の昔馴染み」

「フム。コンナトコロニ、ヨウコソ」


モトが私を紹介すると、青鬼が礼儀正しくペコリと一礼して来る。

それに私も思わず一礼し返した。


「美味しそうな匂いだったので」

「ドウモ、デハ、オスキナセキヘ」


入り口でのやり取りののち、暗い店内の隅の席に着く。

その時も、周囲の妖からはチラチラと目を向けられたが、奇異な目線には慣れたもの。


「"異境"というより、タイムスリップしてきたみたい。それか、時代劇の体験か」

「この辺は"防人"の息がかかった世界だしな。思ったより人っぽいだろ?」

「ぽいというか、そのものだね。時代が違っただけ」

「そういうのを集めたんだとさ」

「そしたら、そこに"人染みた"何かが紛れ込んだってわけだ」


作りの脆い木の椅子に座って雑談を少々。

そこから、入り口の方にかけられた大きな木の板に、達筆な妖怪文字で書かれたメニュー表に顔を向ける。


「沙月は読めるの?」

「えぇ。モトの方こそ、どう?」

「読めなきゃ部屋借りられない」

「それもそっか。何にする?私は…二八蕎麦」

「俺も。あ、季節の天ぷら詰め合わせってあるぞ」

「半々にする?」

「乗った」


小さな机を挟んで2人、揃って同じ方向を眺めて、注文を決めて、鬼を呼び出す。

さっきの赤鬼がやってきて、注文を伝えると、今度は普通の応対をしてくれた。


「な?案外何も無いだろ?"異境"でも」

「こういうのがあると、尚更"どっちなのか"に困るのさ。ホント」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る