48.知らない所で色々と進められると、急に不安になってくる。

知らない所で色々と進められると、急に不安になってくる。

自分がのうのうと過ごしてきた裏側で、何か面倒な事が進んでいて、それが急に降りかかって来た時。

そういう時は、どうすればいいのか、未だに分からない。


「着いた」


モトに誘われてやって来たのは、入り組んだ路地に建つ、古い高い建物の1部屋。

オレンジ色の空に石畳、目に見える景色は、オレンジ色と灰色と黒が大半を占めている。

建物は、大昔の木造の様に見えたが、中に入ってみれば、驚くほどに近代的だった。


「なにさ、ここ」


絵巻の世界から、急に現代を通り越して、少し未来的な空間に足を踏み入れた私は、周囲を見回しながらモトに付いて行く。

真四角のワンルーム、青いカーペットが敷き詰められ、白い壁が四隅を囲っていた。


空調まで付いていて、電気と水道もあるらしい。

扉の向こう側…道路沿いの壁には、大きな丸い窓が絵巻の世界を映し出していた。

窓際まで歩いてきて、周囲を見回すと、眼下には妖達が練り歩く狭い通りが見下ろせる。


「俺の部屋だけど」

「はぁ?」


あっけらかんと言ったモト。

口をあんぐりと開けて彼の方に向けば、いつの間にかモトが私の傍までやってきていた。


「今年になって、借りたんだ。この辺はまだ"現実"位の常識で過ごせるところだよ」

「いやいやいや。こんな場所に何日も居たら、人間は持たないでしょ」

「そう?何も変わりないけれど」

「あのねぇ…」


そう言いつつ、狐面を頭の裏側にズラす。

素顔を晒し、ちょっとだけ瘴気を放つ傷を触って、まだ大丈夫なことを確認すると、彼にジトっとした目を向けた。


「"純度"が高けりゃ高いほど、"こっち側"に寄せられるんだ。長居はしたくないね」

「そんなもんなの?」

「なの?ってモト。京都の人間なのに知らないの?"別世界"なんだよここ。そんな所に長居出来る程、人は丈夫じゃない」

「ハハ、沙月。"北海道人"だもの、知らなくて当然さ。良く見てみなよ、下」


彼の言葉の後、窓の外を改めて眺めてみる。

狐面越しじゃなくたって見える世界は変わらない。

それくらいに"濃い"世界。

じーっと通りを眺めて居ると、やがて楽器の音が聞こえてきた。


「来た来た」


モトが呟く。

少しの間の後、通りに居た妖達は一気に通りの左右に掃けて、そこを"そこそこ強そうな"妖が行列を成してやって来た。


皆、人型で、一様に黒装束。

それぞれ楽器を手にして優雅な曲を奏でている。

行列の中、時折駕籠が見られ、誰かが居るようだったが、閉め切られていて分からない。


「あの駕籠の中は?」

「行ってみる?」

「…繰り出すだけにしちゃ、何かやらされそうなものだけどさ」

「言ったじゃない。修行に付き合って欲しいだけだよ」

「何か繋がらないな」


そう言ってる間に、モトはロッカーから刀を幾つか取り出し、1本を私の方に寄越してきた。


「短いのが好みでしょ?」

「なまくらじゃないだろうね」


受け取った短刀を、鞘から抜いて刃を確認する。

綺麗に手入れされた、不思議な刃文に、私の顔が歪んで映る。

その顔は、どう見ても人のソレでは無かった。


「"こっち"の刀なんだ」

「何でこれを?」

「呪符だけじゃ、心許ないでしょ」

「…銃が欲しくなってきた。使えないけど」


短刀を帯の中に仕込むと、その前でモトは、長い刀を2本、腰に下げていた。

そのまま、どちらからともなく部屋の外に足を向け、履物を履いて外に出る。

塩っ気の混じる風が通りを吹き抜け、私達の白菫色の髪を揺らした。


「お面無しでも、まだ敵わないのか」

「生憎様。普通の人に憧れてるのさ」


狭い通りを抜けて、音楽が鳴り響く通りを目指す。

不安になってくる和楽器の音色。

入り組んだ路地を、右に左に抜けて、時折すれ違う妖からの視線を浴びながら、やっと通りに出て来ると、丁度行列の先頭が見え始めた頃だった。


「オイ、アレ」

「ヒト。ヒト」


周囲の鬼達が私達を見て囁く。

私もモトも、それに怯むようなことは無かった。


「あの集団は?鬼?天狗?」

「どっちでもない」

「随分と背の高い人に見えるけど」


通りの隅、妖に囲まれながら、やってくる行列を待ち続ける。

周囲の鬼や天狗は、大人と変わらない位の背丈なのに、向こうに見える妖達はそれよりもさらに大きく見えた。


「2m半ばまであるんじゃないかな。平和主義だから、大丈夫」

「それは何より。で、何なのあの行列。そろそろ教えてくれても良いんじゃない?」

「もう少し、目の前に来るまで待っててよ」

「ただの"観光"じゃ無さそうな気がしてきたんだけど」


モトは肩を竦めて何も言わない。

溜息を一つ付くと、黙って行列がやって来る方に目を向けた。


テレビで見る巨人のような体躯を持つ妖がやって来る。

背丈は高いが、手足も胴も細長い、ちょっと不安になってくる体躯。


歩くよりも少し遅い速度で、ようやくやって来た行列。

先頭の妖が、私の方に顔を向けて、首を少し傾げて見せた。

それを無反応で見送ると、次から次に妖達が目の前を歩いていく。


「で、結局、何なの?あの駕籠」


ようやくやって来た目当ての箇所。

楽器を持たぬ妖が担ぐ、大きく、そして閉められた駕籠が目の前にやって来た。

部屋に居た時には聞こえなかったが、和楽器の音に混じって、駕籠の中から呻き声が聞こえてくる。

そこからは、妖とは別の気配が感じ取れた。


「何だと思う?」


まだ、答えを焦らすモト。

その一方で、徐々に大きさを増す呻き声が、耳に入って来た。


「まさか」


その声に、嫌な汗を背中に感じた私は、じっと目を細めて駕籠を見つめる。

カッチリしていそうで、何処か作りの雑な、年代物の様に見える駕籠。

隙間に目を凝らし、見えたのは、"目玉"…そして、薄汚れた"人の肌"。


「"防人"もさ、こっち側には手を出しにくくてね」


それが何なのか、気づいた私に、モトは少しだけ楽し気な声色で言った。


「修行も付き合ってほしいんだけど、こっちも何とかしたいなって思ってた所なのさ」

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