弐章:禁忌を恐れた日

46.少しだけ、緑色の靄に包まれても良いと思う。

少しだけ、緑色の靄に包まれても良いと思う。

周りを見ていると、時折そんな気持ちに支配される時がある。

自分もその景色の中の1人だろって思っても、ちょっと違うものなのさ。


「そうなのですか。残念です」


無事、高校に上がって数週間。

ゴールデンウィークが目の前に見えてきた時期の休み時間。

目の前に座っていたジュン君は、少し悲し気な目をこちらに向けた。


「毎年の事だものね。歯抜けの1日2日も休むし…最後の土日も無理なのかしら?」

「帰ってくるの、土曜の夜になるからなぁ…日曜日に元気が残っていれば」

「そう。なら、日曜日は開けておこうかな」


窓際の、私の机の周りに集まったのは、穂花に楓花に、そしてジュン君の3人。

普段の顔ぶれにジュン君が加わっただけ。

まだ手探りといった感じがする教室の中、私達は一足先にグループ的なものが出来てしまっていた。


「毎年の事とは何なのです?」

「京都に行ってくるのさ。まぁ、帰省みたいなもんだね」

「京都、なるほど」


"京都"という単語を聞くなり、ジュン君は合点が行ったらしい。

ここに居る3人は、私の事を"よーく"知ってるから、話していて気が楽だ。


「中学の時の修学旅行。京都だったけど、その時の沙月の機嫌の悪さと言ったらね」

「仕方がないでしょ。飽きる位行ってるんだし」

「うーん、羨ましいような、そうでもないような…」

「そうでもないんだよ。昼食とかで入った店で顔見知りやら、知ってる店員と会ってさ、互いにどんな顔しろってのさ。向こうは"普段の"私を知ってるわけだし」

「話し込んじゃって、先生が置いてきぼりになったものね」

「知ってる場所に旅行に行くこと程、苦痛なものは無いって学んだよ」


そう言って質の悪い笑みを浮かべて、不意に気配を感じた方に目を向ける。

丁度、正臣がこちらに足を向けた瞬間だったらしい。

彼は、少し驚いた顔を浮かべてやって来た。


「何だ、君か」

「何で気づいた?」

「分かり易いからね。委員会の話?」

「いや…微妙にそうとも言えるし、違うかな?」


ザワついていた教室が、少しだけ静かになる。

顔が引きつった正臣に、ニヤッとした顔を近づけた。


「で、何、この状況」

「この3人が居るところに、1人ノコノコやって来れた度胸は褒めてあげる」


小声で言葉を交わす。

穂花と楓花は言わずもがな、ジュン君も系統は違えど目を引く見た目なのだ。


「なるほど。やっちまったってやつ?」

「どうかしたの?」

「マサが鈍かったって事でしょ、きっと。良いじゃない、変に壁が出来なくて良かったわ」

「??」

「ジュン君、正臣も私達と同じ学校だったの」

「そうだったのですか」

「あー、雨次さん。だったよね?」

「羽瀬霧君…ですよね?」

「うん、合ってる」

「で、ご用件は?」


微妙な空気が流れる教室。

私が用件を尋ねると、正臣は周囲を軽く見回した後で、私の方に向き直った。


「いやね、5月終わりに何かあるじゃん?」

「何かって、あー、宿研だっけ?宿泊研修」

「そう、それ。その前にさ、交流会?みたいなものやった方が良いのかなって」

「"トーカー"のグループ作ってすらないんだっけ?」

「そう…だと思ってる」

「大丈夫、あったとしても私も知らないわ」

「ボクもなのです」


思ったより真面目な会話。

徐々に、クラスメイトの視線と耳がこちらに向けられてきた様な気がする。


「そう言うんじゃないしね。私達」

「うん。どっかで集まって遊ぶって言っても。カラオケ位しか思いつかないんだけど」

「この手の話なら、穂花達に任せた方が良いよね」


そう言って、正臣と共に視線を双子の方に向ける。

2人は、少し呆れた様な表情を浮かべていた。


「任せていい?」

「そうなるだろうと思ってた。代わりに、日曜日は絶対開けておくのよ」

「努力させて頂きます」

「沙月?」

「はい、開けておきます」


穂花と、沙絵とやるようなやり取りをした後。

2人はチラチラとこちらに目を向けていたクラスメイトの方に顔を向けた。


「さて、ちゃんと聞こえてたと思うけれど」


穂花と楓花が教壇の方に向かって行く。

楓花の声に、シンと静まり返った教室内。

私と正臣は、後は任せたといった感じで、少し胸を撫でおろしていた。

面倒ごとを処理するとかなら、喜んで手伝うのだが、人前は2人そろって苦手だ。


「入学して2週間ちょっと。そろそろ、静かなクラスなのも飽きてきた頃よね?」


穂花が皆に問いかける。

普段、昼休みとかになれば、同じ中学校だったであろう人と活発に話している面々だ。

皆一様に頷いていた。


「そこの委員長さん方2人も、そろそろなんとかしないとって思ってた頃みたい」

「でも、沙月も正臣も話しかける勇気は、皆と一緒で、無いみたいなのよね」

「そうこうしてる間に、もう明後日からゴールデンウィーク。皆さえ良かったら、私達の方でトーカーグループを作って、ゴールデンウィークの最終日辺りに、交流できそうな何かをやろうかと思うんだけど」


一目を引く容姿、ハキハキとした口調。

穂花と楓花はあっという間にクラス中の注目を浴びて、話を進めていった。


「助かるよね」

「全く」


それを眺めながら、正臣と言葉を交わす。

私の横に居たジュンも、コクコクと頷いていた。


「折角だし、学祭の出し物決めみたいな感じで、適当に募るのもアリじゃない?」

「案が出ればね。よくありそうなの挙げてって、他にあれば足して、多数決みたいな感じにしましょうか」

「そうだね。トーカーグループは…今できたから、今日中に聞いて回るね」

「お願い。じゃぁ…」


いつの間にか、ちょっとした一大イベントみたいなものが立ち上がる。

ただの休み時間が、静寂に包まれた時間が、ほんのちょっとだけ楽しく思えてきた。

楓花がスマホを片手にトーカーグループのQRを読み込ませに周り、穂花が適当な案を黒板に載せていく。


「あ、幾つか案を出してさ、それを午前・午後とかで行く場所分けるってのは?」

「いいわねそれ」

「それならよ、昼飯食う場所バラバラにして、最後どっかに集合とかもいけるよな」

「それいいかも!お昼までしかいけないとかでも参加できるし」

「なるほど。正臣、予定立てとかは手伝ってよ?」

「大丈夫、ちゃんとやるよ」


静かだったクラスが、少しずつ賑やかさを増していった。

招待されたトーカーのグループを見れば、35人全員が既に入っている。


「日曜日、開けられるように努力しますかね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る