44.現実に戻ってみると、思った以上に危うい状況だったんだと思わせられる。

現実に戻ってみると、思った以上に危うい状況だったんだと思わせられる。

非日常に身を置いて、そのままそれが当たり前になりかけて、ふと元に戻った時。

前までなら、気づかなかったようなことに気づいて、非日常の危うさに気づいて、ゾッとするんだ。


「大丈夫なのね?」


穂花に、今日何十回目かの確認を受ける。

火曜日、昼休みに入ったばかりの、私の席。

その前に人影が2つ、全く同じ顔を、私の左頬に向けた2人に、何度も向けた苦笑いを贈る。


「大丈夫さ。痛みは無いよ」


そう言って手をヒラヒラ振ると、正臣が通りすがりに止まって、私の顔を覗き込んだ。


「大丈夫?」

「何度も聞いてたでしょ?」

「知ってる。でも、無茶はしちゃ駄目だよ」


軽い口調でそう言った彼は、そのまま教室を出ていった。

男子が数名、正臣と共に消えていった所を見ると、体育館にでも行くのだろう。


「全く」


そう言って、2人に視線を戻す。

アッサリと去っていった正臣と違って、2人はまだ疑いの目を向けていた。


「日曜日と、随分な様変わりじゃない」

「そういうものなのさ。"元に戻ってこれば"ね」

「初めて見たけども。前にも似たようなことがあったの?」

「あそこまでになったのは1回だけ。この間ので2回目だけど、2回目なら、慣れてるよね」


そう言いながら、左頬を摩る。

血のにじんでいない、綺麗な白のガーゼの感触が、ちょっと心地いい。


「一時はさ、凄かったんでしょ?こう。何て言うか知らないけど。スマホのアレ」

「あぁ。"イッター"ね。すぐに終わったけど」

「そうなの?」

「所詮は良く分からない出来事だったし。そう言うものよ」

「へぇ」


軽い返事。

座っていた椅子に浅く座って楽になると、2人が私を見る表情は、ようやく普段のそれに戻った。

じっと値踏みされている様な表情だった顔が、普段のそれに変わる。


「ああ」


ふと、原因が思い当たった。


「まさかさ、この間、騙したせい?」

「どうかしら。その線も考えてたけどね」

「学校に来てる事すら怪しかったのよ」


尋ねてみると、ちょっと曖昧な返事。

その後で、穂花がグイっと私に顔を近づける。


「正直、八沙さんじゃないかと思ってた」


小声で一言。

私は口元を引きつらせた。


「ちゃんと見分け付いたでしょ」


作ろうとしても、変に強張る笑みを2人に向ける。


「確かに、今度からは笑顔を基準にしようかしら」

「駄目よ楓花。卒業式までには、まだ真面な顔を作れるようにするの」

「どうして?」

「今までの写真で、マトモに笑った写真はゼロなのよ。そろそろ何とかしないと、気づいたら高校すら終わってしまうわ」


至極真面目な口調でそう言って、穂花はクスッとした笑みを向けてくる。

その笑みの裏側に、どこか黒さを感じるのは、気のせいだろうか。


「あの、い、入舸さん?」


会話の合間。

近くにいた子が声をかけてくる。

見かけない子だ。


「はい?」

「お客さんが来てるって、先生が」

「あぁ、ありがとう。玄関の方で良いの?」

「うん。玄関だって」


そう言って去って行く女の子。

学年章を見た限り、私達と同じ学年。

穂花達の方に目を向けて、目で"誰?"と言って首を傾げると、2人も似た反応だった。


「誰かしら。居たっけ?」

「さぁ。可愛い子だったわね」

「2人で知らないなら余程だよ。まぁ、いいや。ちょっと行ってくる」


そう言って席を立つと、2人は何も言わずに手を振った。

時計を見れば、まだ、昼休みの中間地点。

教室を出て、小走りで階段を駆け下りて、向かった先は来客用の生徒玄関。


「やっぱりそうだ」


校舎の隅、滅多に人が来ない場所。

そこに居たのは、見覚えがある女の子だった。


「え?」


驚く私に、彼女は一気に距離を詰めてくる。

見慣れないセーラー服姿から察するに、彼女も学校がある身なのだと思うのだが…


「初めまして、じゃないですよね。入舸沙月さん」


少し低く落ち着いた、お淑やかな声色

そこに微かに、知っているような雰囲気を感じた。


「どちら様?あと、学校なんじゃ…」

「もうやることがありません。なので、今日は、この間のお礼にやって来た次第です」


目の前の少女は、「この間はありがとうございました」と言ってペコリと頭を下げる。

決して、私だと認めたわけじゃないのだが…彼女は確信を持っている様だった。


「入舸さん、警戒しなくても良いですよ。ボクは、美国の方から来た者でして」


困惑する私に、彼女は少しだけ近づいてくる。

お淑やかな所作だが、一人称や見た目も相まって、どこか少年っぽさも伺えた。


「"神岬漁酒会"にいる"天狗"の1人が、ボクの家の遠い祖先なのですよ」


小声で告げられた言葉。

目を見開いて彼女の顔を見つめれば、彼女はようやく年頃の子らしい笑みを浮かべた。


雨次あめつぎジュンです。昔から、噂だけは聞いていました」

「なるほど。そういうのもあるのか。にしたって、美国から…」

「この間は、偶々こっちに来ていて、変な雰囲気の人が居るなと思ったら…ああなって」

「そうなんだ…何も無くて良かったよ」

「助けて頂いたお蔭です。親に"天狗"には会うなって言われているのですが、まさかと思って聞いたら、入舸さんの事を聞いて…土日は会えなかったですし、昨日はいらっしゃらなかったようで」

「色々あってね。でも、聞いてる限り、4日連続でこっちか」

「高校は小樽にしようと思ってるので、その予行練習ですね」


彼女はそう言って控えめに笑うと、時計を見てハッとした顔を浮かべた。


「すいません、時間ですよね。ボク、潮ヶ丘しおがおかを受けるんです。高校生になったら、違う学校でも良いので、仲良くしてください」

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