幕間:その壱
41.羽目を外すにしても、次の日に影響がないように外したい。
羽目を外すにしても、次の日に影響がないように外したい。
毎回毎回、後悔している時にはそう決心するわけだけど、いざ外れてしまえばその考えは霧散する。
で、結局、羽目を外して暴れ回って、また後悔する流れを辿るわけだけど。
「ァー…」
日曜日だというのに、休みは満喫できそうもない。
病室の外は快晴模様、その下は、昨日の夜の間に降り積もった雪のお蔭で酷い有様。
体中を包帯で巻かれ、左頬には、取り換えても血に濡れるガーゼをあてられて、頭部にも包帯を巻かれた私の姿は、誰がどう見たって"大怪我をした人"そのものだった。
「カエリタイ…ァー…違う…ゥ―…」
意識はハッキリとしているのだが、うわ言の様に妖怪言葉が口から出て来る。
昨日の夜、羽目を外して"百鬼夜行"を出現させて、暴れ回ったツケだった。
あれを出した次の日は、大抵こういう目に遭うのだ。
体の芯から、妖そのものになったような感覚。
もう、慣れていると言えど、"人の部分"がそれを拒絶している。
「失礼します」
ノックと共に沙絵の声が聞こえてきた。
直ぐにシャーっとカーテンが開かれて、沙絵が姿を見せる。
「調子は如何でしょうか?」
ベッドの横の椅子に腰かけず、彼女はそう尋ねてきた。
首を傾げて、言う事を聞かない表情筋を動かして、曖昧な表情を作る。
「そうですか。参りましたね」
そんな私の様子を見て、彼女は椅子に腰かけた。
「そろそろお昼時。朝食は抜きでしたので食べて頂かないとと思ったのと、あと一つ、急を要する問題がありまして」
真面目な顔で、それでも、何処か揶揄うような目の色を浮かべて彼女は私の顔を覗き込む。
入舸家と同じ藍色の瞳の奥に、"妖"と化した私の姿が映り込んだ。
「先程、家の方に藤美弥様と羽瀬霧様が来られまして。
「ェ?」
「今、そこまで来ちゃってます」
ニヤリとして、どこか楽し気な様子な沙絵。
彼女にジトっとした目を向けたが、特に拒絶する気も起きなかった。
「あら、嫌ならそれで良かったのですが。良いのですか?」
「うん…ドウ…どうせ、コレカラは、こっちの顔がオオクなるだろウし」
「……そう、ですね」
「沙絵も、イテよ?」
「はい。では、お呼びしてきますね」
仕事モードに戻った沙絵が席を外す。
その間、ボーっと窓の外を眺めていた。
徐々に元に戻っているとはいえ、左頬の湿り具合から察するに、傷はまた広がっただろう。
小さくため息をついて苦笑い。
これから傷を隠す難易度が上がってしまった。
「沙月様。入りますよ?」
外から沙絵の声が聞こえてくる。
何も答えられなかったが、少しの間の後、カーテンが開いた。
「こ、こんにちは…」
開いたカーテンの向こう側。
来てくれた皆の方に顔を向けると、明らかに驚いた表情が3人分見えた。
「なんだ……君カ」
先頭に立っていた正臣にそう言って笑いかけると、彼はクスッと似たような顔を浮かべて椅子に座る。
「調子はどうって言っても、しょうがないよね」
優しい彼の声。
そのお陰で、背後に居た穂花と楓花の表情が少し和らいだ。
「ごメんネ。どう、見エテルか、分からないけれど」
「見た目は普通だよ。普段と大差ない。ねぇ?」
「えぇ。いつもの沙月ね。沙絵さんから聞いてるわ。後はその声だけじゃない?」
「うん。声は凄いなって思ったけど。それよりもさ、体、大丈夫なの…?怪我とか」
3人の視線は、私の痛々しい部分には向けられない。
必然的に、いつも以上に目が合う。
私は少しだけ表情を引きつらせて、包帯でグルグル巻きにされた腕を上げて振って見せた。
「折れテはいない。切り傷やら何やら」
「凄く、痛々しいのだけど」
「痛みはナイ…コノ…コエ…ダケ」
言ってる傍から、"私"の声色が変わって行く。
痺れる体。
驚く3人の姿を最後に、目を閉じる。
顔を、正確には、左頬の傷を抑え込むと、その手の隙間から、黒い瘴気が漏れ出てきた。
「ゴメ…」
「大丈夫ですよ。沙月様。準備も無しってことは無いですから」
瘴気の隙間から、沙絵の方に目を向けると、彼女の手には呪符が握られている。
「あぁ、ありがと」
暫く痺れが続いて、徐々に元に戻ってくる。
次に目を開けると、3人の表情は、さっきよりも明るく見えた。
「あー」
周囲の景色が、さっきよりも色づいている。
思考と、視界が一致してきた。
「沙月?」
穂花の声が聞こえて、私は彼女の方へ目を向けて、ニヤリと笑って見せる。
「大丈夫に、なってきた」
3人の顔がまた一段と明るくなる。
「その様子であれば、明日は無理でしょうが、明後日からは元通りでしょうね」
「え?いや、沙絵さん。流石にそれは早いんじゃ」
「あのお面を被ってる時や、今みたいにピアスをしている時であれば、半分は妖と言えますからね。回復力もそちら寄りなんですよ。今朝は、もう、殆ど妖そのものと言っても良い感じでしたから」
沙絵の言葉に、一瞬声を失う3人。
だが、沙絵は直ぐに表情を崩して、私の"痛い"部分に手を載せてきた。
「ひ…ぐ!」
「ちゃんと、人間らしい感覚は残ってますし。ピアスをしなければ、本当にただの人です」
「沙絵さん、結構Sよね」
「正臣、暫く外向いてなさい」
「そうしてる」
私だけが損する冗談をかましたところで、更に沙絵は嫌な笑みを浮かべてこちらを向く。
「な、何さ」
少し身構えた私に、彼女は両手を上げて"何もしない"と言いたげな様子でこう言った。
「妖になってた2日分。勉強の方が遅れていましたっけ」
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