40.酔ってしまったならば、我を失うまで突き進め。

酔ってしまったならば、我を失うまで突き進め。

ほらほら、だんだんと周囲の境があやふやになってくる。

人も、物も、立っている場所さえも、なんなのかが分からないだろう?それでいいんだよ。


「ああ、綺麗だ!最高の夜だ!」


眼下の光景を見下ろしそう叫ぶ。

雪の吹きすさぶ運河通りは、雪あかりと街灯の明かりの他に、金色の光にも包まれていた。


「宴は久しぶりだろう!まだまだ"肴"はあるんだ!」


人も妖も入り乱れた、酒乱の百鬼夜行。

人と妖の境、運河の一角に現れた"境目"に立った私は、真っ赤に染まった顔を晒して、喉が枯れんばかりに声を張り上げた。


「祭りだ祭りだ!まだまだ居るぞ!骨の髄までしゃぶってやれ!」


運河の奥、中央通りの方に見えた骸骨を指して叫ぶ。

近くにいた"妖"が、慌てふためく骸目掛けて突っ込んでいくのが見えた。

それを見て更に気持ちが昂ぶり、見開いた目は、更に大きく剥がれる。

ボロボロの着物の懐から、"赤紙の呪符"を鷲掴んで取り出すと、今の気持ちを全て込めた。


「さぁさぁ、そろそろ宴もたけなわって所だなぁ!最後は私の奢りさぁ!」


バサッと雪の舞い散る夜空に呪符をまき散らす。

その全ては、蛍の光の様に"金色"に輝いていた。

金色に輝く呪符は、風の吹きすさぶ夜空に舞い散り、辺り一面を派手に染め上げる。


「アーッハッハッハッハッハッハ!ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


骸達の叫び声は、私達の百鬼夜行にかき消される。

声すらもかき消され、骨はバラバラに砕け散り、何処かへ"隠されて"ゆく。

それが終われば、妖達の宴はもう終わり。

再び左耳に指をあてて念を込め、周囲に"暗闇"を作り出す。

宴が終われば、家に帰る時間だろう?


「さぁ、戻ってこい!」


掛け声とともに、幾人の妖達は"暗闇"に吸い込まれるように飛んでくる。

だが、大半の妖達は、酔って踊り明かしたまま、動き出す気配すら見られない。

何時もの光景、その様子を見ながら、もう一度、懐から"赤紙の呪符"を取り出した。


「おーいぃ!こらぁ!もう、お開きだぞぉ!戻ってこーい!モドッテコーイ!」


そう叫んで、呪符を手にした手を上に突き上げた時。


「沙月、そこまでにしなさい」


強い力で掴まれて、聞き覚えのある声に振り向けば、久しぶりに見る顔がそこにあった。


「オばアちャん!」

「"顔の傷"に響くよ。後はワシらに任せなさい」


その言葉と共に、手にした呪符は全て塵となって雪の空へ消えていく。


「こっち任せちゃったな。すまない沙月。嫌な予感がしたから、早めに戻ってきたんだけど、正解だったわね」


おばあちゃんの横には、母様がいた。

2人が手にしているのは、私が持つ物とは違う意匠の"赤紙の呪符"。


「よく、頑張ったよ」


おばあちゃんの言葉と共に、その呪符は私の額に貼り付けられた。

呪符からは煙が立ち込め、私の意識は徐々に暗転していく。


「でも、それ以上頑張ると…」


 ・

 ・

 ・ 

 ・

 ・


「…ッ!」


目を醒ますと、見えたのは白い天井だった。

白い天井、淡く青い光、カーテンで仕切られた空間、そして、点滴。

見開いた目は直ぐに乾き、徐々に周囲の音が耳に入り、体から発する痛みに顔を歪める。


「お気づきになられましたか」


視界に沙絵が入って来た。


「ァ……」

「大人しくしててください。あれから大して時間も立ってませんから。まだ、日曜日の朝6時を過ぎた辺りです」


そう言って、彼女はゴソゴソと何かを弄り始める。

直後、寝かされていたベッドが急に動き出して、身体が起こされた。


「ィ…ァ…ヤメ…サ…エ…」

「手当はしました。後少しで痛みは引くはずです」

「ヤメ…イタイ…ァアアア……!」

「今の沙月様は、半分妖怪になりかけていますから。それを戻すとなると、ちょっと荒療治になるんです。暫しご辛抱くださいな」


強張る表情、体のあちこちを滴るのは、汗なのだろうか。

言葉にならない悲鳴が、私の口から出ているとは思えない"言葉"が漏れ出て来る。

"異境"では良く聞く妖怪言葉が、無意識のうちに漏れ出ていた。


「ア…!グ…ゥ…サエ…!モウ…コノ…マ…マ……」

「あー、意識はハッキリしておられますよね?」

「うん……思ったことと…トハ!…グゥ…ァアアア!サエ!…ヤメテ…コノママガ……」

「ああ、まだ、ちゃんとこっち側にいますね。そのままでいいです。とりあえず、今の状況をお話しておきます」


妖怪言葉が出て来る私を無視して、沙絵は事務的に事を進めていく。

視界に映る姿、手にしたスマホの機種を見る限り、まだ彼女は"仕事中"なのだろう。


「沙月様の"百鬼夜行"は無事に収められました。皆、耳元の"刺青の中の世界"に戻っています。そして、あの場に居た者達は全員、私達が"手当"をして帰宅させました。負傷者は無しです。寒さで体調を崩した者は何名か見受けられましたが」


スマホを見ながら、事の顛末を話す沙絵。

その視線は、私の方に向けられず、ずっとスマホの画面に向けられていた。

何やら操作もしているから、何か資料でも探しているのだろうか?


「現場に残った彼らの骨と、あの場を彩った金色の光は目撃者が多くて…この通りです」


そう言って彼女はスマホをこちらに見せてくる。

たまに穂花や楓花に見せられるSNSの画面…話題は、さっきの運河での一幕だ。


「直前に交通整理は出来ていましたから、肝心なものは映っていません。ですから、何んとか誤魔化せますが、京都は今頃お冠でしょうね」


そう言って性質の悪い笑みを浮かべた沙絵は、直ぐに表情を消してスマホを仕舞う。


「商店街の方に出てきた"扉"は、豊宝山美怜を消せば消えました。彼女がこの街全体に"蜃気楼"を薄く掛けていたのですね。見える"世界"を巧みに弄って。思えば、最初に使われた"蜃気楼"は、我々の力を図る物差しだったのでしょうね」


そう言った沙絵の顔は、どことなく暗い。


「ま、結果的には、運河でおかしな事が起きた…位で済んでますから。"この世"の人達への影響は。沙雪様も、沙千様も、褒めていらっしゃいましたよ?"初仕事"にしては上出来だと」


彼女はゆっくりと、顔を私の方に近づけてくる。

まだ、私は小さな声で妖言葉を呟いていたが…"戻りかけている"目で彼女の動きを追った。


「そうそう。藤美弥さんも、羽瀬霧君も。皆、沙月様の身を案じておられましたよ?昼間の間にお通しするつもりなのですから。ちゃんと、"戻ってきて"下さいね?」

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