38.雪の空は綺麗だけど、その下は地獄そのものだ。

雪の空は綺麗だけど、その下は地獄そのものだ。

ちょっと強く雪が降ったのならば、歩く場所もままならず、車が走る場所も白に染まる。

何をするにしたって、雁字搦めになるんだから、そう言う日は家に籠るに限るんだ。


「ハハ!ようやく気づいたみたいね!お寝坊さん?コッチよコッチ!」


快活な声で、雪の中を飛んで行くのは、夏の格好に身を包んだ地下アイドル女。

それを追いかけつつ、時折、雪が積もった屋根に足を取られて悪態を付く私。

土曜日、彼らの宣言通り、夜の8時に"事件"が起きた。


「早くしないと、みーんな、骨にされちゃうわよ!」


中央通りを挟んだ向かい側で、私の速度に合わせるようにして運河へ飛び続ける女。

それを見ながら、手にした"赤紙の呪符"に念を込め、手を空へ突き出した。


「あらぁ?」


女の疑念。

その直後、雪明かりに照らされた、赤紫色の空が真っ赤な靄に染め上げられる。


「小手調べさ!」


叫んだ刹那、区画を埋め尽くすほどの光と音が辺りを包み込んだ。

"人の世"に影響を与えない音と光が、一瞬のうちに伝わっていく。

靄に包まれた世界、微かに見える、街の様子に、見慣れない"扉"が見えた。


「そういうことか」

「あら、バレちゃった」


扉を見て、背筋が凍った私の背後。

靄の中から、整った顔つきの女が姿を見せる。


「な!」

「ハロー」


一瞬で詰めてくるにしては、早すぎる。

目を見開く間もなく、女の足が鳩尾を貫いた。


「ヵハア!」


雪より早く落ちていく。

落ちた先は、中央通りから1つ入った路地の歩道。

氷と化した雪山を打ち抜いて、雪煙に視界が遮られた。


「なーんも、"タネも仕掛けも"ないっての!馬鹿なんじゃないの?同じ手は必要ないんだよ!」


空からかけられた煽り言葉。

微かに、靄の中に見えた女は運河の方へと消えていく。

地上の人々は、徐々に早歩きになって運河の方へと歩いていく。


頭からの血が、右目を湿らせた。

肩や足も、ちょっと真面な感覚をしていない。


「ク…ッ」


目を血走らせて、起き上がろうとしたが起き上がれない。

雪山の中で無様に足掻いた私の手を、誰かが掴みあげてグッと引き上げた。


「大丈夫ですか?沙月様」


やっと地上に足をつけられた私。

引き上げた人影に目をやると、そこに居たのは傷を負った赤眼の男。


「申し訳ありません。抜かりました」

「八沙は?」

「骸骨退治の真っ最中です。あちこちから無数に湧いて出て来ています」

「…扉の位置と数。調べ損ねたな?」

「はい。この街全体に"蜃気楼"が薄くかかっているようです」

「何が、子供騙しだ。向こうが一枚上手だったか」

「いえ。出来たのはつい先ほど。恐らくこの1週間で目途を立てていたのでしょう」


男は私の肩を抑えて、冷静な口調で言った。


「悪い。熱くなりすぎた」

「仕方がありませんよ」

「運河に誰かいる?」

「"白龍"と"狐"と"鳥"が」

「相手は"冥暗"の幹部だ」


私の言葉に、赤眼の男は青ざめる。

路地の奥に目を向けると、靄の中から見つけた"扉"が微かに揺れ動いていた。


「大丈夫さ」


男に向けてそう言って、髪をかき上げ左耳を見せる。

雪が降りしきる中、風に乗った雪が耳に当たって溶けた。


「まさか」

「雑魚骸骨の1体や2体に遅れをとる事もあるまいな?」

「お任せを」

「大丈夫。もう、二度と、二度と、誰も消しはしないさ」


驚いた顔に揺らぐ男に、私はそう言って狐面を外す。

狐面の裏に作っていた、ニヤリとした表情を見せると、男は表情を引き締めた。


「必ず、お力に」

「期待してるよ」


再び狐面に顔を隠す。

そして、再び屋上へと舞い上がった。


さっきよりも雪が積もった屋上に、足を止めて運河の方に目を向ける。

そこには、既に豊宝山の姿は見えず、眼下の中央通りに、運河の方に向けての歩みを止めない人々の姿が見えるだけだった。


その数は、ざっと200人位だろうか?

今でもこれなのだから、運河にはどれだけの人が居るのだろう?


嫌な予感が全身を強張らせ、直ぐに首を振って運河の方へと飛び出す。

本降りとなった大粒の雪の中、視界の奥にボヤけて見える運河の光目掛けて突き進んだ。


「見ぃつけた…」


数百メートル、ビルの屋上を越えてきて、運河にやって来た私の前。

寒そうな格好の女が笑みを向けていた。


「良く来たね!そうだよね!その程度で死ぬはずはないか!」


中央通りと運河通りが重なった交差点。

その角の、レトロな装いのビルの上。

血濡れになり、息が上がった私の前で、女は眼下の景色を指さした。


「見なよ!こんなに"イイ骨"が集まってるの!」


天真爛漫な声色。

ビルの下に見えたのは、運河通りに"自発的に集まってきた"人の姿。

そして、それに混じる"人に化けた"妖達の集団。


「あぁ、極上の"骨"がそこに居たわね!」


眼下の人々を見て唖然とした私の背後。

ガシッと両腕を捕まれる。

なんの気配も感じなかった。

首を回せば、そこに見えるのは、"屋上の上に出来た扉"と2人の男女の姿。


「お面を取っちゃいましょう。貴女を"予約"してた2人はもう居ませんからねぇ」

「早い者勝ちでしょー。こんなに活きの良い骨は!」


ゾッと背筋が凍り付き、狐面を外される。

刹那、全身を痛みが貫いて、私の体は運河の方へと舞い上がった。

落ち行く最中、嘲笑をこちらに向けた男が、下の"骸骨達"へ高らかに宣言する。


「さぁ!皆さん!"収穫祭"の目玉のご登場ですよ!」

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