37.寒空の下で、暖かいものは正義だと思う。
寒空の下で、暖かいものは正義だと思う。
普段飲もうと思わない、自販機で売ってる暖かいお汁粉ですら、大好物の様に思えてくる。
冷え切った体を芯から暖めてくれる…寒い日は、それだけで十分なのさ。
「何だかんだで、普通のお祭りですね。見てくれは」
日がすっかり落ち切った土曜日の夜。
ここは、アーケード通り、アーケードの上。
その隅に腰かけて、中央通りの人通りを眺めながら、沙絵はそう呟いた。
「外部には、それなりに宣伝していたのでしょうね」
「みたいだね。チラホラと、学校で見た顔も居るあたり、知ってた人もいたのかな」
「どうでしょう。最近だと、テレビを使わずにSNSで宣伝する事も多いですから」
「見なかったの?そういうの」
「生憎、ワタクシの趣味の範囲には、引っ掛からなかったようです」
「そういうものなの?」
「地域のニュースに、興味は無いですからね」
今の所は何も起きていない、平和な"前週祭"。
日が落ちて夜になり、その辺りから、微かに雪がチラつき出していた。
「で…下の人通り、どう思う?」
着物と狐面のズレを直しつつ、沙絵に尋ねる。
狐面以外、同じ格好に身を包んだ彼女は、少し寒そうな素振りを見せて、眼下のアーケード街を見通した。
「殆ど人間ですよ」
サラっと見直して一言。
私が見た世界は、彼女が見ている世界と大差が無いらしい。
「あの3名には見張りを常時つけていますし、このまま何も無ければ良いのですが」
「あの余裕な態度を見る限り、一波乱はありそうだけどね」
「動けば叩けば良いだけの事。監視には八沙達も付けてますから、手を出すか否かは八沙に一任しています」
「すぐプッツン来るタイプじゃ、危ないんじゃない?」
「沙月様よりは堪えられますよ。今の彼は"入舸家"の八沙です」
冗談っぽく言った言葉に、沙絵は至極真面目な返しをしてくる。
苦笑いを浮かべつつ、横に置いていた、出店で買ったばかりのお汁粉に手を伸ばした。
「詰まらせないでくださいよ?」
「老人かっての」
平和な祭りの様子を見ながら、少々手持ち無沙汰な夜。
"宣言"された、土曜日の夜8時までは、残り30分。
徐々に、雪の強さが増してきた。
「雪の日の空って、なんでこうも明るいんでしょうねぇ」
さっきより大粒になった雪を見上げながら沙絵が呟く。
お汁粉に入らない様に、身を屈めていた私は、体のすぐ横に落ちては消えていく雪を見ながら肩を竦めた。
「綺麗で良いじゃない」
「まぁ。見ている分には」
そう言っている間にも、雪は強さを増していく。
急いでお汁粉をかき込んで、何んとか喉に詰まらせずに飲み込んで上を見上げると、もう少しで"本降りだ"と言えそうな程の雪が狐面に降りかかって来た。
「これ以上になってくると、邪魔な雪だなぁって思うよ」
「除雪したくないですね。こう、動いた後にやるのは御免です」
「全くさ」
増えてきた雪、ちょっと強さを増してきた風。
だけど、眼下の人の流れには、大した影響は無さそうだ。
「そろそろ一般人は撤収した方が良いと思うけどね。こうなったら、この辺は積もるんだ」
「そうですね。まぁ、汽車が止まるまではいかないでしょうから、大丈夫だと思うますよ」
「そう言えば、母様は?来ないの?」
「日曜一杯まで、積丹に居るとの事でした。
「そう」
「帰ってきたら、めんまに行こうって言ってましたよ。
「あれ、父様の出張って明日までだっけ?」
「はい」
「なら、ちゃんと今日中に終わらせないとね。3人消して、あの余裕。何が来るか分かったもんじゃないけどさ」
私達は、何かがあるまで動けない。
だが、流石に強くなってきた雪に、どちらからともなく立ち上がり、サッと眼下のアーケード街に避難する。
そんなに高くない屋根から飛び降りて、誰もいない隅に着地した。
近場のゴミ箱にお汁粉のカップを放って、隅に立つ。
目の前を行く人々は、目立つなりをした私達を認知することなく、楽しげな様子で通り過ぎていった。
今日1日見てる限りでは、祭りは大成功のように見える。
冬だというのに、結構な人数が来ていたから。
夜で、雪が強まりだした頃合いだというのに、中々途切れない人の流れがそれを良く表していた。
「そろそろ、お開きの流れでしょうか」
流れを見ていた沙絵が呟く。
アーケードの奥の方を見てみると、確かに結構な人がこちらに流れてきていた。
「快速は酷い混み具合だろうな」
「普通の方が快適に帰れそうです」
「言えてる。こういう時、絶対快速に乗らないもの」
隅で駄弁って、人の流れをじっと見つめて。
流れてくる人の行先を何気なく追ったとき、ふとあることに気が付いた。
「あれ、駅の方じゃない」
殆どの人が向かう先は、すぐそこに見える小樽駅じゃない。
寧ろ、その反対側。
小樽運河の方だった。
"今度の土曜日の夜8時。運河でお会いしましょう"
数日前、学校にまで出向いて来た妖が言った言葉が頭に反響する。
人の流れは、どうやら小樽駅の方からも来ているらしく、結構な人が運河の方へと足を進めていた。
駅の方に向かった人々も、その内の一部が運河の方を振り返って、怪訝な顔を見せた後、運河に進む流れに混じって行く。
「沙月様」
「分かってる!」
さっきまでの、平和な夜が一気に様変わり。
人混みの中に、嫌らしい笑みを浮かべてこちらを見つめる、豊宝山美怜の姿が見えた。
「あの女…」
刹那、駅から運河への人の流れに、見知った顔を数人見かける。
正臣に、穂花に楓花を始めとした、学校の皆の姿。
口元は、これ以上に無いくらい引きつっていた。
「Good Evening!ボンヤリさん!早くしないと、"祭り"は終わってしまうわよ!」
夏の様な格好をした女がそう叫ぶ。
周囲の人間の反応が無い時点で、彼女がどういう存在としてそこに立っているかが良く分かった。
刹那。
人の流れが途切れて、閑散とした店街に、無数の骸の化け物が次々に湧いて出て来る。
それを見て、"赤紙の呪符"を抜き出した私を、沙絵が制した。
「沙月様は運河の方へ。私は老体なので、準備運動してから向かいますね」
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