36.知らないことは、知らないままの方が良いかもしれない。

知らないことは、知らないままの方が良いかもしれない。

それを知ろうともせずに、知ってしまった事であればの話だけど。

知らないまま素通りしていくはずだった事を知ってしまって、何か良くないことが始まるというのは、良くある気がする。


「前週祭?」


穂花がそう言って首を傾げた。

楓花も、正臣も、同じように聞き覚えが無いと言う顔を浮かべている。

月曜日の昼休み、何時か先生に腹を打ち抜かれた空き教室。

私は3人を呼び寄せて、今の現状で話せる事を話し、その後で"祭り"の事を聞いていた。


「商店街主催の祭りなんだってさ。聞いたこと無いよね?」

「私達は無いよね。最近は沙月とベッタリだったし」

「うん」

「俺も無いなぁ。あったとしたら父さんとかが話題にするだろうし」

「正臣のお父さん、お仕事何だっけ?」

「市役所。どこの課か知らないけど」

「確かに、話題には上がりそうね」


今週末に開かれる"祭り"。

昨日、マンションの上で遭遇した妖から受け取った封筒には、如何にもといった風なイベント要綱がズラリと並んでいた。


曰く、期間は今週末の2日間で、11時~21時まで。

冬の海産物をメインに据えた屋台の出店と、中央通りの歩道を使った小規模なイベントが開かれるらしい。

中央通りのイベントは運河まで続くらしく、地方バンドのライブとか、何んとも微妙な俳優のトークショー、ラジオの公開生放送まであったりする。


3人に、件の内容が書かれた要綱を見せると、一様に私と同じ反応を見せた。


「そんなのが通るの?」

「お役人様に聞いてって感じだけど。この規模のイベントならさ、せめて誰かかしら話題にしてるよね?」

「まぁ、そうね。案外、下の学年のコとかは知ってたりして」

「だよな。俺等もその辺に敏感かって言われれば、時期もあるけど、そうじゃないし」

「なんにせよ、このイベントには出向くなってことかしら?」


穂花の言葉にコクリと頷く。


「知ってるかどうかと、知らないなら知らないで、当日はその辺に行かないでって事言いたかっただけなんだ」

「それも、お仕事絡みかしら?」

「うん。上手くいけば、今週中にカタは付くよ」

「そのカタが付く日がイベントの日ってわけ」

「まぁ…そうなるね」

「そう。解決しちゃうのね」


私の答えに、楓花はどこか寂し気な様子を見せた。

誰もその言葉に答えることなく、会話が途切れる。

各々が時計に目を向けると、昼休みがもうじき終わる頃合いだった。


「戻りましょっか」

「そうしよう」


穂花の提案に、正臣が答えた。


「何も無く終わればいいね。でも、終わっちゃったら、勉強方法は考えないと」

「話が正しければ、今週は何も無いそうじゃない?今週はみっちりできるわね」

「…お手柔らかに」


ぞろぞろと空き教室を去ろうとした時。

教室を出て、私達の教室の方ではない方に目線を切った時。

見覚えのある男女の影を見止め、思わず足を止めた。


「沙月?」


正臣が気づいて問いかけてきたが、私は何も答えず手で"行って"と合図を出す。

穂花も楓花も、正臣の声でこちらを振り返ったが、合図を見るなり頷いて、先に戻ってくれた。


「一人芝居みたくなるんだよね」


3人が離れた後。

入れ替わるように近づいてきた2人に文句を言った。


「いいじゃない。ガッコー、来てみたかったのよぉ」

「そうそう。有希子さんが勤めていた職場を見てみたかったのですよ」


軽そうな女に、かっちりした男の組み合わせ。

さっき、私の方を振り向いた3人は、彼らに気づいていなかった。

だから、そっと、左手を右袖の中に入れて牽制すると、2人は砕けた笑みを浮かべて手を振って見せる。


「何もしませんってば」

「そーそー、何もしない何もしないー」



呆れたような声色で否定する2人。

それを見ても、構えを解くことはしなかった。


「アイドル崩れの上司に付いてなくていいの?」

「先輩?あー、今、先輩忙しいしー」

「ですね。美怜にはちゃんと"表の顔"があるものですから」

「アンタ方には"表の顔"は無い訳?」

「玲、マネージャー業は?」

「そっちこそ、講義サボりですか」

「…そう言う事」


雑談にしか聞こえない会話。

チラチラと、周囲や時計を見つつ、この2人の様子を観察する。


「そんな目で見ないでよ。ホントに、何もしないって」


苦笑いを浮かべる女。

男は口元を少しニヤつかせていた。


「そう言えば、今度の"前週祭"。美怜も出るんですよ」


不意な話題転換。

男の表情に、微かな"黒さ"が混じってくる。


「土曜日14時から、ネットラジオの公開収録に」

「見に来いっての?」

「いえいえ、他に用事があれば無理強いはしませんが」

「つまりは…何かする前にアンタ方を消すならその時にってこと?」


徐々に卑しさを増す声色に、煽る口調で返すと、男の口角がピクッと吊り上がった。


「天下の往来で、"防人"が動けるはずもありません」

「物事には例外ってもんがあるのさ」

「…そうですか」


不敵な笑みを浮かべる男。

その横で、女が一気に距離を詰めてきた。


「!?」


飛んできた何かに、パッと体を反応させ、捩って交わす。

体の何処も掠らず、顔の真横を貫いたのは、見た事もない、真っ赤に染まった太い骨。


「骨付き肉を上手く食べられない人は、育ちが悪いって教わったな」


背中に冷や汗を流しつつ、涼しい顔を作って煽る。

横目に見える、女の腕が"元に戻った"骨には、所々筋肉組織が残っていた。


「口の減らない女だなぁ」


さっきまでの軽い口調が、微かに妖口調に変わっている。

そこに、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

私は、涼し気な顔を浮かべ、それからニヤリと笑い、"赤紙の呪符"を取り出して、ペタリと骨に張り付ける。


「頭冷やして来たらどう?"待て"が出来る犬かどうか、見てあげる」

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