33.何かを仕掛ける側になるのは、結構楽しいかもしれない。
何かを仕掛ける側になるのは、結構楽しいかもしれない。
子供の頃にテレビで良く見た、モノマネ芸能人の後ろから本物が出て来るシーンとか、結構好きだった。
そういったシーンの本物側に立ちたいなと、純粋に考えていたことだってある位。
「「え?」」
無駄になった土曜日の昼下がり。
先に藤美弥家に戻っていた私は、沙絵達の帰りを出迎えた。
家の扉を開けて、帰って来た"4人"と顔を合わせた途端、穂花と楓花の表情が切り替わる。
「沙月…?」
見事なまでの困惑顔。
2人は、帰路まで一緒だった私と、出迎えた私を交互に見やって混乱していた。
出迎えたのは、"素"に戻った私で、穂花達に囲まれているのは、黒髪の"表向き"の姿の私。
「さて、問題」
黒髪の"私"が、ふざけた声色で私の横にやって来る。
彼女は髪留めのピンを外し、白菫色の髪を曝け出した。
「これで殆ど一緒かな?」
今日着ていたコートに身を包み、ニヤリとした笑みを穂花と楓花に向けた女。
私はその横で何も言わず、ただ、何かを言いたげな目をジッと2人に向け続けた。
「どっちも沙月よね。と、いうか、さっきまでの沙月はちゃんと沙月で…」
「戻ってきて、ケーキを食べて、写真をもう一回撮って…ええ。ちゃんと沙月だったわ。写真も苦手だったし」
困惑を深める2人。
心底呆れ果てた表情を浮かべる沙絵が、鼻で笑って肩を竦めたが、直ぐに目を見開き、何かを思いついたようだ。
「穂花さん、楓花さん。どちらが本物かを見分けられれば、何か1つ。沙月がお願い事を聞いてくれるって事にしましょうか」
悪戯っ子のような笑みを浮かべた沙絵の表情。
私と横にいる"私"の表情が、同じように引きつった。
「それは有難いです。けど…今も全く同じ顔になったわね」
「ええ…何処から見ても一緒だし、何か話しかけてみる?」
「やめておきましょう。この顔じゃ、きっとまともな回答が返ってこないわ」
2人の言葉に、更に表情が引きつる。
そっと横に顔を向けると、"私"もまた、同じようにこちらを向いた。
「よく見れば、お二人なら分かると思いますよ?」
「…沙月、こっち向きなさい」
楓花に言われて、私達は2人に顔を向ける。
すると、2人の顔が私達の間近に迫って来た。
「…こっちの沙月から、なんか焦げたような匂いがする」
「こっちの沙月は、ルナイの甘い香りね。それもそうか」
「なら、この沙月は"何かあった"沙月だ」
「沙月、途中で何かあって出てったよね?」
「ええ。でも、5分くらいで戻って来たじゃない。それがこっちの沙月でしょ?」
「うん。でも、こっちが偽物なら、その沙月の"何かあった"ってのは…あっそうだ姉様!」
間近で観察され続け、やがて楓花が何かを思い出したようにスマホを取り出す。
「食べ終わった後にもう一回写真を撮ったじゃない?」
手慣れた手つきで私達全員に見せたのは、さっき私に送られてきた"4人の写真"。
得意気な顔を浮かべた楓花に、写真を一目見た穂花は、ハッとした表情を浮かべた。
「そうだ。確かに…そうかも」
「でしょ!」
双子特有のシンパシーだろうか。
感覚的な言葉のみで意思疎通が図られ、やがて2人は私達2人と沙絵に向けて得意満面な笑みを浮かべる。
「分かりましたか?」
いつの間にか仕切るような役目になった沙絵が尋ねると、2人は大きく頷いた。
「こっちです」
2人は、私の両手を掴んでスッと手を上に上げる。
「なるほど。では、正解を2人から言ってもらいましょうか」
優しい笑みを見せた沙絵が、私達2人に目を向けて言うと、私達は顔を合わせて微かに笑みを浮かべた。
「「正解」」
息を合わせて正解発表。
同時に、横に立っていた私の姿がチラつき、直後には白菫色の髪を持つ少年が現れた。
「「八沙さんだったんですか!?」」
驚く2人に、八沙は目じりを下げて小さくお辞儀をする。
「少しの間、騙してしまい申し訳ありません。折角の休日でしたから。打ち切りにするのは忍びないと沙月様が…」
「そう。出てく前に、沙絵に頼んで呼び寄せたのさ」
「気を使ってくれたの。さっきまで全く気づかなかった。八沙さん、何にでも成れるのね」
「そう。八沙は誰にでもなれるよ」
「流石に、立ち振る舞いは知らないと出来ませんが…沙月様なら、長い付き合いなので」
「そういうこと。で、どうして私だと分かったの?」
私の問いに、楓花はさっき見せてくれた写真をもう一度見せてくれる。
「後から撮った写真の沙月と、さっきの写真を比べてみてよ」
そう言いつつ、画面をスライドして現れたのは、ケーキが来た時に撮った写真。
見比べれば、気づく人なら気づく違いが、そこにあった。
「こっちはまだ表情が硬いんだけど。こっちはホラ、なんか、作った硬さじゃない?」
写真を見つつ、穂花がそう言うと、八沙は隅で頭を抑えた。
「なるほど。確かに、これは普段から、沙月様を良く見ている証拠ですね」
「それほどでもないわ」
「僕もまだまだ、修行が足りませんね」
「そうじゃないわ、八沙さん。八沙さんも写真慣れはしているんですよね?」
「え?えぇ。まぁ、入舸家の仕事以外では、宣伝とかで良く撮りますし」
「そこですよ。この子、写真慣れしていないんです」
私の肩を掴む穂花。
八沙は、珍しく唖然とした顔をこちらに向けてきた。
「私としては、宣伝とかってのが気になったけど」
「いや、漁の最中の写真とかが結構…というのは良いです。沙月様、写真の1枚や2枚、撮っておかないと損ですよ?人が若い姿なのは、僅か数年なのですから」
さっき、ルナイで沙絵に言われたような事を言い出す八沙。
まさか、八沙にすら同じような事を言われるとは思わなかった。
「元々、目立つのは苦手でらしたのは知っていますし、無理にとは言いませんが」
さっきの沙絵と違うのは、多少なりとも控えめな言い方だという事。
「せっかく、こんな可愛い2人に遊んで貰っているのですから。思い出の1つや2つ。残しておいて損はありません。これが、3つ4つ世代を溯れば、どれほど貴重な事か…」
言い方は優しいけれど、その内容はちょっと重い。
「難しい事かもしれませんが。偶には外に目を向けたって、怒られはしませんよ」
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