32.嵐の後の静けさは、何時感じでも心地よいものだ。

嵐の後の静けさは、何時感じても心地よいものだ。

耐え忍ばなければならない時、何かをやらねばならない時を越えた後の静寂。

自分だけの時間に戻れた時の爽快感、それは甘美な私の時間になって返ってくる。


「うぅ…」


抱えていた少女が呻き声を上げた。

金色の靄はとうに晴れ、さっきまでいた骸骨の妖はこの世から消えている。

少女の顔をそっと覗き込むと、彼女は薄っすらと瞳を開けた。


「あれ…?」

「体は大丈夫?」

「え?…あ、はい…あなたは」

「通りすがり。ここで倒れていたのを見つけてね」


ここは、冬であれば滅多に人が来ない、丘の上の古い神社。

ほぼ廃墟としか思えない様な神社の境内で、見え透いた嘘を付く。

現在地を知ってか知らずか、少女は周囲を見回して、青白い顔を更に青ざめさせた。


「どしてここに?」

「さぁ。私も、偶々通りかかっただけだからね」


そう言いつつ、半分だけ被った面に手をあてる。

顔の右側にかかった面、そこから左に手を逸らせば、傷跡の感触が返って来た。


「何はともあれ、体調は良くなさそうだ」


困惑しっぱなしの少女に何か言われる前に、さっさと事を済ませようと手を動かす。

コートのポケットから、普段使っている呪符を1枚取り出して、念を込めた。


「今、大人の人を呼んだから、考えるのは後にして、しっかり休みなさい」


そう言って、彼女に"銀色の光を放つ"呪符を見せつける。

パッと光りを放つ呪符。

徐々に現実を取り戻していた少女の意識が、再び曖昧な世界に逆戻りしていった。


「はい…」


少しだけふやけた声で反応がある。

呪符が思った通りの効果を発揮したのを確認すると、私はようやくポケットからスマホを取り出せた。


慣れない片手操作、呼び出すのは、沙絵で良いだろう。

話すのが一番良いのだが、目の前の少女は、あくまでも"意識が朦朧としている"だけ。

だから、メッセージアプリを開いて、事が済んだ報告を入れる。


「一先ずこれで終わりだけどさ」


夢見心地の少女を抱えたまま、ポツリと呟く。

メッセージアプリに返って来た返信は、直ぐに"人"を回すという一言だけ。

それが終われば、晴れて自由の身。

再び土曜日を満喫出来る身になれるのだが、左腕の方を見て、とてもそんな気分にはなれなかった。


「血が付いた位なら、何とでもできるのにさ」


左肩から先が無くなったコート。

その中にある腕は、さっきまでグロテスクな見てくれを晒していたが、今は治っている。


「帰るしか、ないか」


静寂の中。

そう言って、小さくため息をついて待ち続ける。

冬のこの辺りは、人が来ることは殆どない。

暫く待って、誰かが来たのなら、それは間違いなく見知った顔だろう。


「?」


待っている最中。

不意に、スマホに通知が入る。

滅多に感じない振動に、ビクッと反応して見てみると、差出人は沙絵だった。


「ほぅ」


送られてきたのは、1枚の写真。

私に、沙絵に、穂花と楓花が映った写真だ。

さっき取った一枚だろうか?と思って画面を消そうとしたが、映っていた私の姿を見て手を止めた。


ルナイのレストランで撮った写真、私の位置は変わっていない。

それでも、普段の私なら絶対に浮かべられないような、どこか写真慣れした顔に…

微かに髪の隙間から見える、"何も付いていない"耳元が、ソイツは私じゃないと伝えてくる。


「なるほど。上手くやったついでか。ちゃっかりしてる」


写真を見て一言。

苦笑いを浮かべつつ、写真をスマホの壁紙に設定した。


設定を弄るのに少し苦労している間に、遠くからは誰かの足音と話し声が聞こえてくる。

設定が終わって顔を上げると、丁度前の方から4人ほどの男女がやって来た。


「お待たせしました」


先頭に立った、スーツ姿の男がそう言って頭を下げる。

下げた頭がそっと上がると、男の、真っ赤な瞳がこちらに向いた。


「ありがとう。彼女の事、頼んだよ」


男に微笑みを返すと、そう言って抱えていた少女を男に預ける。


「手当はしておいたから。今の事も、思い出せはしないはず」

「承知しました。"追加検査"も、抜かりなく」

「ええ。お願いね」


男は少女を抱きかかえ、その顔を見て優し気な笑みを浮かべると、"然るべき所"へ足を踏み出した。


「さて…」


少女を彼に任せた私は、男の右隣に居る女に目を向ける。


「沙絵から何て言われてるか分からないけど。"蜃気楼"だと分かれば、監視に支障はないよね?」


そう言った視線の先、何も言わずに深々と頷いたのは、白い髪を持ち、黄色い瞳をこちらに向けた、和服の女。


「はい。先程、横屋様から手ほどきを受けております」

「よし。じゃ、沙絵達を任せた。"残った3人"と何か厄介事があるかもしれない」

「畏まりました」


機械的な口調。

表情一つ変えず、淡々と受け答えして見せた女は、人の姿を"解いて"上空へと姿を消した。


「沙月様、ワタシも向かいましょうか?」


"白龍"に姿を変えた女を目で追いかけ、尋ねてきたのはもう一人の女。

真っ赤な髪を持つ、パンクロッカー風の彼女に、私は首を左右に振る。


「いや、いい。別の頼みがある」


残ったのは2人。

赤い髪の女と、全身黒ずくめの男のコンビを見やった。


「情報収集を頼みたいのさ」


そう言って手招くと、2人は私の傍までやって来る。


「最近、見てなかったと思うんだけど」


そう前置きを入れて、2人に告げた。


「ロマン交差点の辺りに、"異境"への扉が幾つあるか。数と場所を調べて欲しい」

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