30.ここが嘘に塗られた世界なら、本当の部分だけを抜き出せばいい。

ここが嘘に塗られた世界なら、本当の部分だけを抜き出せばいい。

何でもかんでも嘘で固めれば、それだけ本当の部分は目立つものだ。

じっと目を凝らして、よく観察しよう…そうすれば、答えは直ぐに辿り着ける。


「ハッ…」


痛みを放つ後頭部を摩りながら、鼻で笑う。

摩った手には、微かに血が滲んでいた。

今いる場所は、突き落とされたはずの屋根の上。

その対角上には、見ず知らずの少女を体に括りつけた伊達男。


「まだぁ、2分かぁ…カップラーメンが出来る前にぃ、終わりそうだなぁ…」


勝ち誇る笑みをこちらに向けた男は、これ見よがしに体を大きく揺らして見せた。

鎖の音が耳に付き、気を失った少女が上下に大きく揺れる。

既に、彼女の肩は薄っすらと骨が浮き出ているように見えた。


「ホラァ、どうしたぁ?絵描きぃ…」


煽る男。

さっきから"私と一切距離感が変わらない"男。

彼をじっと見据えながら、煽りに乗らずに頭を回していた。


場所に関するタネは分かった。

ただ、あの男の動きだけが分からない。

仕掛けの想像はついているのだが。

少女を抱えて、今のように煩く喚く鎖もつけて、あんな動きが出来るだろうか?


「時間はぁ、待ってくれねぇぞぉ…!」


ジャラジャラ煩い鎖の音。

ピクッと顔を歪めた私は、手にした"赤紙の呪符"に念を込めた。


「むぅぅ?」


呪符から靄が吹き出てくる。

真っ赤な靄。

その靄は、見る見るうちに私を包み込み、視界から男を消し去った。


「……」


互いの姿が、視界から消えた直後。

男が"居た"方角に向けて足を踏み出す。

"雪が乾いた屋根の上"は、圧雪路の上の感触がした。

考えが正しければ、男は"そこにいるように見えていただけ"。

突き出したままの手に当たるのはきっと、冷たく古い、岩で出来た古い建物の塀。


「っと」


赤靄の中、忍び歩きで進んだ先。

思った通りの感触が手に伝わった。

ゴツゴツした岩の感触。

ちょっと強く当たったせいで、掌が細かく裂けて血が滲む。


「なるほど…」


血の滲む手を見てニヤリと笑った。

足元を踏み慣らして、"屋根の上のように見える"足元の雪を踏み慣らす。


「……そうか、そうか」


岩の塀を背にして立って、呪符を手からそっと離した。

直後、燃え始め、塵と消えてゆく呪符。

何も無かったかのように、赤い靄が晴れていく。


「さぁて、鬼さんどちら?」


晴れた視界、そこからの景色は、未だに屋根の上だった。

空は青く澄み渡り、眼下には"人のいない"ロマン交差点の景色が望める。

人影の消えた世界、耳を澄まして目を閉じた。


今、目に見えた場所は、虚構の世界。

虚構に、虚構を重ねた偽りの場所。

本当に居る場所は、ロマン交差点の隅に違いない。


だから、目を閉じて、じっと待つ。

"白龍"の監視が途絶え、"鬼"が殺された時の事を考える。


暗い世界で1人。

じっと耳を澄ませた。


刹那。


微かに聞こえた鎖の音。

そっと一歩、右に逸れる。


「!!!」


直後に轟音。

着ていたコートの左袖が、綺麗サッパリ無くなった。

ほんの少しだけ、腕の皮も持っていかれて、視界の隅に鮮やかな赤が映る。


「何ぃ…」


薄く目を開け左を見る。

揺らいだ表情の男がそこに居た。


「なるほど、仕掛けは単純だっ」


横に"降って来た"伊達男の鎖を掴みあげて一言。

その裏で、脳裏に八沙の得意満面な笑みが浮かんだ。


「確かにアイツなら朝飯前か。なぁ、これも見掛け倒しだよなぁ」


鉄にすら感じない感触の鎖を引っ張って、"なまくら"のそれを引きちぎる。

揺らいでいた男の表情が、微かに痛みに歪んだ。


「ぐ…」


タネも仕掛けも、全てわかった今。

男を遊ばせておく理由は一切無い。


左手で千切れた鎖を引っ張ると、男の姿勢が僅かに崩れた。

その手を引いて、懐に入らせ、左膝で放った蹴りを顎に一発。

血を吐き、仰け反った伊達男の体に力を乗せて。

揺らいだ左足にそっと右足をかけ、右腕でそのまま突き飛ばす。


「さて、と」


フワっと宙に浮いた男…そうするのに、力は微塵も必要ない。

頭から落ちていく男、手にした鎖はそのまま引っ張って、男の体から女の子を引き剥がす。


「よっと…"人の体"じゃ、弱点も"人由来"になって当然だよねぇ?」


倒れ行く男はそのまま、狐面を半分ズラしながら、フワッと浮いた女の子を抱きかかえた。

彼女からの反応は無く、青ざめた表情はそのまま、触れると、凍えるように冷たい。

背中に嫌な汗が流れたが、表に出さず、地面に倒れた男を見下ろしニヤリと笑って見せる。


「どうするさ?骨っ子動物さんよ」


そう言いつつ、派手に倒れた伊達男から3歩離れて"赤紙の呪符"を取り出していた。


「絵描きぃ……貴様ぁ……」


圧雪の上と言えど、どんな人でも、頭から転べば大事だろう。

雪の上に這いつくばる伊達男は、怨嗟混じりの呻き声を上げつつも、苦しそうな表情を浮かべてこちらを睨みつけていた。


「マッチ棒みたいなガタイにしたのは失敗だったろう。着膨れ伊達男さんよ」


呼吸困難に陥った妖を見て笑いつつ、手元の呪符に念を込めて、青色の靄を発現させる。


「そろそろ、普通の休日に戻らせてもらうよ」

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