29.慣れた事とはいえ、受け入れられるかは話が別だ。

慣れた事とはいえ、受け入れられるかは話が別だ。

何度も何度もあったから、すっかり慣れ切った事でも、嫌なのは間違いない。

そんな時は、普段以上のオマケをつけて、思い知らせてやればいい。


「沙月様」


横に居た沙絵が、潜めた小声で私を呼んだ。

顔をそっと寄せると、沙絵も同じようにこちらに顔を寄せる。

前に居る2人には、表情を消して、唇に指を立てて見せた。


「3人ですよ。あと1人居たのでは…?」

「伊達男か。名前もそんなんだったっけ」

「窓の外を」

「分かった」


まだ、入り口で待たされている妖3人には気づかれて無さそうだ。

その間に、さっき窓越しに見えた時には居たはずの、背の高い大男を見つけられないかと窓の外に目を向ける。


再び見えたロマン交差点。

忙しなく目を動かすと、歴史のありそうな建物の横に佇む、寂れた男の姿が見えた。


「居た」

「…動きは?」

「煙草を吸って、新聞を読んでる」

「この時代に、不自然なものですね」

「あっ?そういうことか」

「何かありました?」

「目が合った。"動く"気だ。"白龍"の目はどうなってる?」

「届いてるはずですが」

「…私の"代わり"をここに」

「承知しました」


窓越しの光景を眺めつつ、2人に聞こえないよう、更に小声で会話する。

監視の目があるというのに、男の態度は大胆不敵な様に見えた。


「ごめん。やっぱ何か起きたみたい」


窓から目を離すと、私はそう言って2人に頭を下げる。

さっきまでの雰囲気は何処へやら、表情を暗くした2人は、精一杯の笑みをこちらに向けてくれる。


「ううん、大丈夫よ。沙月。無理はしないでね」

「うん。直ぐに戻るから。ちょっと出て来る」


後ろ手で指を重ねながら言うと、すっと席を立った。

甘い香りのするレストラン内を歩き、3人の前を通り抜ける。


「あれ?」


取り巻きの男が訝し気な目を向けたが、それに反応を見せることは無い。

ウィッグの髪型を変えて、眼鏡も無いだけで誤魔化せるとは思わなかった。


「……」


口角を吊り上げ、階段を降りて…そのまま外へ向かって一直線。

外に出て、ロマン交差点の方へ小走りで向かうと、遠くにヨレヨレのハット帽が見えた。

後少し走れば、浮浪者の一歩手前の様な格好をした変質者が目に入る。


「さて…」


人混みに紛れ込み、サッと近場の雪山の影に隠れた。

通りを歩く人の目から消えて、ポーチに忍ばせた狐面を顔に付ける。


そして、雪山の影から飛び出して男の下へ。

車が通らない隙を縫って車道を渡り、あと数メートルの所まで着いた時。

ようやく見えた男の眼は、しっかりと私を捉えていた。


「甘ったるいなぁ…さっきからずっと待ってたんだぜぇ、絵描きさんよぉ」


律儀に、煙草を携帯灰皿に捨てた伊達男。

彼の目の前に立ち止まると、不自然に膨れ上がったトレンチコートのポケットに灰皿を突っ込んだ。


「最後の1本のお味は?」


会った直後から男を煽ると、大男の額に青筋が通る。


「口の減らねぇ奴目ぇ…だがなぁ、これを見なぁ!」


ボタンの閉まっていないコートが開かれる。

それと同時に、周囲の時が止まったような錯覚を受けた。


「……!?」

「フッ…ハハ…名高き絵描きでもぉ、見た事ねぇかぁ」


周囲がシンと静まり返る。

周囲を賑わしていた観光客の声も、車の音も、遠くに聞こえる海の音も聞こえない。

寒さも感じなければ、さっきまで吹いていた冷たい海風すらも…今は何一つ感じなかった。

私に付いていた、ルナイの甘い匂いだけが、ここが現実であると伝えてくる。


「"蜃気楼"とやらの内部かな」


周囲の変化を見て回り、再び男の方へと目を向けた私は、今度こそ目を剥いた。


「絵描きぃ!一つぅ、賭けをしようじゃぁないかぁ…」


そう言った男の懐。

コートの内側、仕立ての良いYシャツと黒いパンツ姿。

その体に、グルリと鎖で巻かれた人影が1つ。

真っ青な顔でぐったりとしている、私と同い年位の女の子がそこに居た。


「ほぅ。下種め」

「1時間だぁ。生きたままぁ、骨に変え終わるまでぇはぁ…」

「その間に、伊達男の泣きっ面を拝めれば私の勝ちというわけ?」


嘲る様な、真っ赤な細い目をこちらに向ける男。

その男に、"赤紙の呪符"を突き付けた。


「おぉ、それがぁ、噂のぉ…」

「"殺し"はしない。"隠す"だけ。遠い国に"隠れて"もらうよ」


その一言が、事の切欠。

地面を"真上に"蹴り上げた男、それに付いて行く私。

舞台はこの間と同じく、高所になるようだ。


「啖呵切っといて、逃げるだけ?」


雪の無い屋根の隅に降り立って、向かい側の建物のアンテナに捕まった男に問いかける。

"固まったアンテナ"にぶら下がる男は、細めた目をこちらに向けて口角を吊り上げた。


「これから1時間よぉ、お前ぇにやられなきゃ、いいんだぜぇ?」


男はアンテナを掴んだ手を離す。

男を追いかけ下に向いた目線、揺れるアンテナの音、視線の先に男はいない。

そこにやって来た、思いもよらぬ、上からの衝撃。


「ィ…!」


後頭部を揺らす強い打撃。

滑り易い屋根の上、成す術もなく地上に落ちて行く。


「ギィ…」


"落ちて直ぐ"分厚い圧雪路面の上に、おかしな体勢で押しつぶされた。

痛みを発する体を無視して、即座に振り返るとニヤけた男の顔が映し出される。


「さっきまでの威勢はどうしたぁ?」


向けられたのは、嘲るような笑み。

地上に落ちたはずの周囲の光景が、さっきまで立っていた屋根の上に変わっていた。


「まだだぁ…まだぁ、熟し切ってねぇなぁ!」

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