28.じっと目を凝らせば、分かってくる事もある。
じっと目を凝らせば、分かってくる事もある。
パッと見だけで判断してしまっては、見過ごしてしまうばかり。
そうと知っていても、パッと見で判断したがる癖は抜けないんだけどさ。
「まぁ、いいか」
ロマン交差点の隅、見えた"妖"を無視してレストラン内に目を戻す。
せっかくの土曜日、せっかくの甘味、何も味わえないというのは御免だ。
「大丈夫なの?」
目の前に座る穂花が、不安げな表情を浮かべて尋ねてくる。
それに首を振って答えると、私は小さな笑みを浮かべて見せた。
「何もしなければ、何もしないよ。ただの一般人と同じ」
答えた直後、頼んでいたものが運ばれてくる。
シックなテーブルの上に、食べるのも勿体なく感じるケーキが並べられた。
「おぉ…」
目の前にやって来た、粉砂糖のかかったシフォンケーキを見て口を開ける。
シフォンケーキに、ミルクコーヒーの組み合わせ。
美味しくないはずがない。
「こんな日はさ、何かあっても、何も無いってことにしたいよね」
そう言いつつ、ナイフとフォークを手に持った。
「沙月。ちょっと待って!」
何処から手を付けようかと思っていた所を、楓花に止められる。
ピタッと手を止めて彼女の方に目を向けると、スマホの画面がこちらに向いていた。
「私も?」
「逃げられないでしょ。滅多に写真撮らないんだから。こういう時じゃないと!」
「そうですよ。撮らないと遺影の写真選びに困るんですから」
「沙絵さん…」
「そうでも言わないと、沙月は私に隠れるんですよ。写真苦手だから」
黒い笑みを横から向けられ、目の前の双子の見えない所でがっしり背中を掴まれる。
横の従者を薄目で見つめた私は、諦めて楓花のスマホに顔を向けた。
「ほら。滅多にないチャンスです」
「ホントだ…逃げも隠れもしてない」
「普段は猫みたいにパッ!て隠れるのにね」
「ほーら、笑って下さい。レンズの位置分かりますか?」
「…左上でしょ。なんだって沙絵はそんなに詳しいのさ」
「ちゃんと、映える顔も出来ますよ?」
沙絵の言葉に唖然として横目を向けると、彼女のキメ顔が見える。
直後、カシャ!というシャッター音が耳に届いた。
「沙月!コッチ見なさい!もう一回!」
穂花に怒られ、画面に視線を戻す。
画面には、私達4人の顔が映っていた。
「チーズ!」
3人とも、写真慣れしている笑顔を作って画面を見つめている。
楓花の掛け声に合わせて、ピースだけ作って、口元をほんの少し緩ませた。
シャッター音。
直後に見えた写真の私は、微かに笑っていたが、明らかに引きつった笑み。
沙絵はその写真を見るなり、ニヤリとした表情をこちらに向けてきた。
「笑顔の修行も必要ですか」
「いいの」
揶揄ってくる沙絵にぶっきらぼうに返すと、今度こそナイフとフォークをケーキに向ける。
「沙絵さん、任せてください。高校に上がったら、愛想笑いの1つや2つ、作れるように特訓させますから」
そう言った穂花の視線が突き刺さった。
ヒヤリと背筋が凍り付く。
「家柄的に仕方ないとはいえさ、ちょっとは遊びに出たいよね」
「"あっち側"の写真は、結構あるんだけどさ。今の恰好の写真は中々無いもの」
「修学旅行でも、カメラマンさんが困り果てる位、隙を見せなかったものねぇ…」
「そんなこともあったわね。良い顔してるんだし、撮らないと損よ?」
「沙月、修行の成果の出し処が違うのでは…?」
黙々とケーキを切りつつ、聞こえてくる話を右から左に流していく。
その間、ずっと苦笑いを浮かべっ放しだったが、やがてジトっとした目を沙絵に向けると、全員の苦笑いを浴びることと引き換えに、写真の話が収まった。
「高校に受かったら、新しいのに変えましょうか。写真が綺麗に取れるやつで」
最後に一言、したり顔で言った沙絵の横腹をチョンと突く。
「早く食べたかったの」
「っ……食い意地張ってますね」
ようやくケーキを切り終わり、ちょっと大きめに切ったそれをフォークで刺した。
「んー…」
それを一思いに口の中に入れる。
フワッとしたケーキが、口の中で一気に溶け出した。
目を細めて、顔が蕩け、じわっと甘さが駆け巡る感覚に浸る。
カシャ!
そこに再びシャッターの音。
ハッと目を開ければ、ニヤリと笑った穂花の顔。
手にしたスマホがクルリと向けられ、映っているのは甘さに蕩けた私の顔だった。
「こんな顔してても、ちゃんと可愛い子って中々いないんだから」
甘さに浸りつつ、顔が真っ赤に染まる。
手を伸ばして、スマホを取って写真を消そうと思ったが、直ぐにその考えを捨てた。
私は、知っている。
"普通の"事にかけては、この2人に敵わないという事を。
「好きにして」
甘さ一杯のケーキを飲み込んで、諦めたように一言。
目の前の2人の笑みが今まで以上にパッと咲いた。
「後で写真送ってくださいね」
横でボソッと沙絵が呟き、2人はコクリといい笑顔で頷く。
それを見ながら、半ば呆れ顔で2口目のケーキを口に入れた。
「良いですね。偶にはこんな土曜日も」
レトロなショートケーキを食べながら蕩ける沙絵の姿が横目に入る。
口元にクリームが付いて、それを指で拭う様子を見ている限り、とても彼女が長々と生きてきた"妖"には見えなかった。
まぁ、隣にいる年増の妖と同意見だ。
何も無い1日のまま終わってくれれば、きっと私達の想像通りに事が進む。
「いらっしゃいませ。あっ…何名様でしょうか?」
不意に、レストランの入り口の方に目を向けた時。
何気なく、入って来た客が目に入り、私の目は大きく開かれる。
真っ赤なダッフルコートを着た、先頭の女が元気よく口を開いた。
「今日は3人よ!」
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