27.引きこもってばかりでは、人として何かを失う一方だ。

引きこもってばかりでは、人として何かを失う一方だ。

特に、引きこもるまでずっと動きっぱなしだったのであれば、それは顕著に出て来る。

体の調子に頭の回転…顕著に影響が出る癖に、厄介なのは自覚症状が薄い事だ。


「空が眩しいわね…」


週末の、地元の観光街。

歴史ある街並みが望めるロマン交差点の隅、古い建物の塀の前で、楓花は目を細めた。


「本当に眩しい、偶には外に出るものね」

「だよねぇ。穂花達なら尚更じゃない?」

「どういう意味よ」

「普段から、土日は忙しそうなイメージがあったから」

「まぁ…2週間近く、外に出てないってのは滅多にないかもね」

「ごめんなさいね。もう少しだと思うから。今日は…」


そう言うと、私の横に突っ立っていた沙絵の背中をポンと叩く。

沙絵の"黒い長髪"がふわりと揺れた。


「え?」

「"姉ちゃん"持ちだからね!」


砕けた笑みで沙絵に振ると、彼女は苦笑いを私に返し、それから双子の方に笑顔を向けた。


「そうですね。藤美弥"さん"達には苦労をかけていますし」

「…沙絵さん、言わされてないです?」

「いえいえ、全然。大丈夫ですよ。今の状況は私達に非がありますので」


コートのポケットを探りながら答える沙絵に、穂花と楓花は苦笑いを浮かべる。


「"沙月"も半分出すんですよ?お世話になってる分」


ポケットを探る手を止めた沙絵は、私の肩に手を当てて言った。

ポンという衝撃、微かに力の籠った手に、沙絵と似たような顔を浮かべて頷く。


「いやいや、私達も出しますよ?」

「「いえ(いや)、ホントに大丈夫です(だから!)」」

「ハハ…姉様。ここは頼らせてもらいましょう。2人が居ないと外に出られないのだし」


私と沙絵を見て笑みを浮かべた楓花が、そう言って穂花の手を引いた。


「それで、沙月。ここまで出てきましたが、何処へ行くつもりなのですか?」

「んー、ルナイのケーキでもって思ってたんだけど。お昼過ぎだし、お菓子の時間だよね」

「なるほど。穂花さんと楓花さんは、何かご希望ありますか?」

「そうですねぇ…楓花は?」

「沙月に賛成。この間、テレビで新作出るってやってたのよ」

「じゃ、決まりだね」


短い会話で行先が決まる。

冬の時期、四六時中居るような気がする観光客に混じると、目的地の方に足を向けた。


「人、多いですね」

「土曜日だしねぇ」

「でも、普段よりは少な目かもね」

「そうなの?」

「そうよ。冬でも凄い時があるもの。ねぇ?姉様」

「そうね。来週から運河でイベントが続くことだし、今週は少ないのかも」

「へぇ…そんなもんなんだ」


ルナイまでは、交差点からそう遠くない。

交差点から観光客向けの店が並ぶ通りに入って直ぐの建物がそれだ。


「こんなとこに来て、何が楽しいんだかって思うけど」

「住んでいれば分からないものですよ」

「そんなものかね」


適当に会話しつつ、歩いてすぐの建物の中に入ってゆく。

入った途端、甘い香りが私達を包み込み、一瞬で普段のあれこれが頭から霧散していった。


「あー…これ好きなやつー」


脳が蕩ける感覚。

そこから更に階段を上がって2階へ。

進めば進むほどに、幾つもの甘い香りに包まれた。


「4人なんですけど、席空いてます?」


階段を上がった先のレストラン…というよりはカフェだと思う。

そこの店員さんに確認を取ると、込み具合から考えればラッキーな結果が返って来た。

すんなりと中に入れて、更には窓際の、見晴らしがいい席を宛がわれる。


「日頃の行いが良いからかな」

「そうでしたっけ?」

「…沙月、私はノーコメントよ」

「妹様に同じく」

「…あれ…?」


割と真面目な返答に閉口しつつ、メニュー表を取ってテーブルの上に広げた。


「2人共さ、チーズケーキ好きだったよね」

「ええ。それも、ここのやつが一番好き」

「私はこれ、新作のやつ。…少ないかな」

「少なかったら足せばいいよ」

「いいの?」

「いいの、いいの。気にしないでよ」

「そうですよ。あぁ、沙月。普段、お二方に服選んでもらってますよね?今日の髪型も」

「え?あー、まぁ、うん。私、その辺のセンス皆無だし」

「なら、その分も返しちゃいましょうよ。支払いは6対4でどうです?」

「沙絵…?」

「半々のままでいいです」


テーブルを囲んで4人。

ふざけた会話をしながらも、各々が注文を決めて、注文し終える。

お洒落な作りの店内を見回して、それから窓の外に目を向けると、雪化粧の綺麗なロマン交差点の景色が見えた。


「こんな感じで見れば、それっぽいね。観光地だ」

「観光地でしょ。でも、普段と違う景色で見ると新鮮でいいわね」

「ねー、写真撮らない?」

「それは来てからでいいでしょ」

「確かに、そうしよ」


甘い香りに包まれて、ちょっと待つのももどかしく感じる。

ここ最近は、何かとピリ付く毎日だったが、この前の水曜日の1件で大分落ち着きを見せていた。


「次は札幌辺りにでも行きたいなぁ…」

「沙月、それは受験が終わってからね」

「あぁ…そうでした」

「帰ったら勉強よ。最近は働いてたから、出来ない日もあったんだし」


穂花と楓花の言葉で現実に引き戻される。

テーブルの上に肘を付いて、その手に頭を載せて、ふやけた顔を浮かべて外を見た。


「一難去れば、また一難かぁ…」


力なく呟き、ふとロマン交差点の一角に目を向ける。

観光客に混じって、見覚えのある風貌が目に入った。


「あ?」


見覚えのある人影が4つ。

1人は背が高い男で、ヨレヨレのハットとトレンチコートを着た、髭面の大男。

1人はスタイルの良い女で、赤いダッフルコートに身を包んだ姿は、何処か扇情的な見た目をしていた。

そして、その女の左右に立っているのは、この間も見た取り巻きみたいな男女。


「沙月?」


隣にいた沙絵が私の様子に気づいて、穂花と楓花も口を閉じる。

私の横に、沙絵の顔が寄って来ると、彼女は小さく声を上げた。


「あら、怖いニアミスもあったものですね」

「嫌な感じがしたんだけど。でも、まだ動くことはできないな…この感覚…妙だね」

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