26.終わった後に邪魔されると、無性に腹が立つ。
終わった後に邪魔されると、無性に腹が立つ。
こっちは後の事に意識が向いているのに、わざわざ引き戻さないで欲しい。
それくらい、何かが終わった時というのは、いつも以上に自分勝手になれる瞬間だ。
「どちら様?」
校庭のネットが張られるポールの上から、現れた女を見下ろして問う。
まだまだ寒い1月末の夜、女は、底抜けに明るい笑みを浮かべてこちらを見上げていた。
「有希子ちゃんから助けてと言われれば、助けに来るでしょう~?」
若い声なのに、喋りは年寄りみたい。
白いオフショルダーに、ホットパンツ姿の女。
そこに出ている女性のラインと容姿は、10人中10人が振り返る程に整っている。
「で、遅れた訳だ。残念でした」
"人"ではない存在に言って、狐面の裏で舌を出した。
爽やかそうな笑みを浮かべていた女の顔が、一瞬にして茹でダコの様に赤くなる。
「……お前がぁ、妖絵描きかぁ」
"本性"が微かに出て来て、同時に"作ったような"声色もガラリと変わった。
イメージ通りのおばさん声に変わって、思わずニヤリと笑ってしまう。
「"待て"も出来ない連中が多いねぇ。先生といいさ、祭りがあるんじゃないの?」
その様子を見て煽り続けた。
ポケットに入れた手、その中に、呪符は残って無いのだが、それでも、彼女を見据えて視線を逸らさない。
「通りでぇ、
「あら、私の骨に予約が入ってるんだ?生憎、最期は決まってるんだけど」
「貴様ぁ…」
余裕ある態度を崩さぬ私に、女は徐々に顔の赤みを増していく。
高所と低所での睨み合い。
その状況に変化があったのは、私達が見つめ合って直ぐの事だった。
「
「
校庭に新たな人影が2つ出来る。
1人は夏っぽい格好の女より若そうで、馬鹿そうな、尻が軽そうな見た目の女。
1人は女より年上に見えるが、それでも若い、真面目そうな見た目の良いスーツ姿の男。
「沙月様。帰りが遅いので迎えに来ましたが…これは?」
背後…藤美弥家の方から沙絵が"飛んで"来て、私の立つポールの横に足を止めた。
「2対3かぁ、雑魚2人って考えりゃ、実質2対2か?」
増えた人影を見て一言。
沙絵は苦笑いを浮かべ、眼下の3人の顔は一気に険しくなった。
「相手にするな」
美怜と呼ばれた女が、今にも飛び掛からん勢いの2人を制止する。
「でも!」
「いいの。今日はアタクシ達の負けよ」
彼女は2人を制したまま、こちらに踵を返す。
何もしてこないようであれば、こちらとしても用は無い。
沙絵の方に目を向けると、彼女も同じ考えの様だった。
"戻りましょうか"
沙絵は藤美弥家の方に指を指して、口パクで伝えてくる。
コクリと頷くと、狭いポールを蹴って舞い上がった。
「話は帰ってからで」
「そうしましょうか」
上空で一言、言葉を交わすと、迫ってきた獣道に目を向ける。
そのまま、"妖"によって踏み固められた路に着地。
少しだけ雪に足が埋まったが、大したことは無い。
「っと」
すぐ横に沙絵が着地してくるのを待って、目前に迫った境内の方へ歩き始めた。
「さっき消した妖の絵。持ってませんでしたっけ」
「ああ、そうだね。これだけはやっておかないと」
沙絵に言われ、血に濡れていない左手をコートのポケットに入れて、用紙を1枚取り出す。
出てきたのは、何度も折り込まれたスケッチブックの1ページ。
「忘れてると、そのうち意味が無くなるからね」
それを開いて、そこに描かれた絵を見て呟く。
その絵は、修学旅行で是枝陀先生と撮った写真を元に描いた、先生の肖像画。
「良く書いていましたね」
「絵の勉強のつもりだったんだけど」
妖だと分かっていたわけじゃない。
ただ、絵を描くのが好きだからと、練習のために描いた絵。
あの時、根気に負けて撮るだけ撮った写真の先生が、書きたい絵にうってつけの笑顔をしていただけ。
「こんなこともあるなんてさ」
その絵を再び折り込むと、その絵を"右耳の裏"に押し込んだ。
そこには髪が生えて無い、"元々人じゃない"部分。
どう見ても紙の方が大きいのに、指で紙を押し込むと、何の抵抗も無く吸収されていく。
「向こうで"達者に"やれるかなぁ…先生。どうかな?」
「どうでしょうかね。"異境"は広いですから……ん…」
やる事を済ますと、そのまま境内の中に入った。
そこは、初詣の時、正臣を見つけた辺り。
もう少し進めば、"鬼"と言葉を交わした"鬼の棲む"路だ。
「鬼も死ぬんだなぁ」
一段落して、改めて思い知らされた事をボソッと呟く。
「元は人ですから。長生きしすぎただけですよ。何時かは来る結末です」
沙絵は、何の感傷も無さそうな、涼しい顔で言い切った。
「死んだとて、魂なんてものは元々1つの大きな塊。"次"なんて、幾らでもあるんです」
更にそう続けた沙絵は、表情に翳りを見せ、フーっと長い溜息を吐く。
寒空に、彼女の白い吐息がハッキリと見えた。
「そんなことは、昔から分かり切ってた事なのですがねぇ」
溜息をついて、沙絵は着ていたコートのポケットに手を入れる。
取り出したのは、何の変哲もない、普段使う白い呪符だ。
「ちょっと人と長生きすると、"引っ張られる"んですよ。それは向こう側…"異境"の妖とて、差の程度はあれど変わりません」
そう言って、沙絵は自らの首に呪符を貼り付けると、そっと手先に念を込めた。
直後、その呪符は"青紫色"に輝いて燃え尽き、サラサラと夜空に消えていく。
「鬼なんて、元々は"こうなる"手合いの人間しか、なれませんでしたからね」
燃え尽きて、消えていく呪符に両手を伸ばし、そっとその手を合わせた沙絵。
私も、彼女につられて同じように手を合わせた。
「といえど、祭りの度に彼の焼きそばが食べられないというのは、ちょっと寂しいですね」
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