25.とっておきは、ずっと取っておいたままじゃ勿体ない。

とっておきは、ずっと取っておいたままじゃ勿体ない。

使わなければ、それは持っていないのと同じこと。

そう思うんだけど、そう思っていても、出し時の判断は難しいものだよね。


「マッテイタヨ」


手にした"骨の刀"を捨てて、骸の胸元に呪符を当てた瞬間。

屋上を捉えていた足元は、勢いあまって空中へ飛び出していた。

とっくに太陽が沈んだ後、暗く寒い空の下。

視界に見えたのは、硬そうな雪が雑に捨てられた校庭。


「カカッタ!カカッタ!」


骸骨に飛び掛かる形となった直後の事。

狂乱する声が私の耳元に響き渡る。


「オマエノ、ホネデ、ナオセバ、モトニ、モドルンダ!」


不協和音の様な声色と共に、骸骨の足元が、私の胴回りに巻き付いた。

そのまま空中でクルリと回って、落下点に背中を向けさせられる。


「シネェェェェェェェ!!!!!!!!!」


靄の中に、骸骨の顔が浮かんだ。

狐面の奥、その言葉に舌を出して答えると同時に、呪符に念を込める。


「ハッ、爆ぜなぁぁぁぁ!」


念が呪符を駆け巡り、ビシっと呪符にヒビが入った。

そのヒビは、一瞬にして蜘蛛の巣のように張り巡らされる。


刹那。


夜のグラウンド上に、"人には見えない炎"が舞い上がった。


「ガッ…!」

「け…!」


熱風が体を突き抜け身を焦がす。

それに遅れて、爆発音が全身を貫いた。


日の暮れた上空。

掛けていた眼鏡にヒビが入り、砕け散った骨が降り注ぐ。

パラパラと、雪の様に"白い"ものを浴びながら、雪が積もった校庭に叩き付けられた。


「……ヵハァ!」


落下の衝撃が体を貫き、肺の中の空気が一気に消える。

一瞬だけ意識が飛び、次に目を開けると、静寂が一面を包み込んでいた。


それなりに硬い雪を砕いたらしい。

トンネルの中に居るような視界が、目の前に広がっていた。


「はぁ~」


一つ、大きな溜息をついて体を起こす。

そのまま私の体で圧雪された雪を蹴り上げて、適当な雪の塊の上に着地した。


「ウ…ア…ホネガ…ホネガ、ホネガァァァァァァァァァ!!!!!」


見下ろすと、頭部以外は四散した様子の骸が喚いている。

その骸は、私の影に覆われると、黙り込んでこちらに顔を向けた。


「ナゼ…ドウシテ…」

「"人"なら無事じゃ済まないでしょうが。今の私は"人"じゃないのさ」


傷一つ無い、無事な姿を見せつける。

両手を広げて、お道化て見せた。


「この間だって、お腹打ち抜かれてピンピンしてたじゃない」

「ウ…アア…コロ…セ。コロシテ…イリカ…サン…オネガイ…」

「はぁ。さっき言いましたよね。先生?」


雪が染みて、冷たくなったポケットから、新たな"赤紙の呪符"を取り出す。

それを、動く手立ても"無くなった"骸の方へ突き出して言った。


「アァ……」

「"妖"を滅することはしません。"防人"は、"妖"を"何処かへ隠す"ことしかしないんです」


その言葉と共に、手にした呪符が"靄"を放つ。

今度こそ、目の前の"妖"とサヨナラだ。


「お別れです。あぁ、私の気が向いたら、会えるかもしれません」


グラウンド中を薄く包む靄の中。

最早、言葉を発さなくなった骸に声をかける。


「"向こう"でも、達者にやっていられれば…の話ですがね」


最後に一言、手向けの言葉を告げた直後。

薄かった靄が、更に濃さを増した。


濃さを増し、辺り一面を金色に包み込む。

星の明かりも、雪明かりも、街の光すらも届かない。

不透明な"気"が全てを包み、"異境"の者を何処かへと隠してしまう。


「……」


全てが終わり、靄が晴れた。

狐面越しに見えた光景、さっきまであった骨の妖が、綺麗に消えている。


「骨は、残るよなぁ…」


狐面を半分ズラして一言。

"人"の見える世界に、砕け散った骨が散らばっているというのは不味い光景だろう。


「まぁ、誰のかも分からない骨。怪談話が増えるだけか」


それをそのままにすると、狐面を元に戻して呟いた。

そのまま、クルっと帰り道の方に振り向く。


「帰ろっか」


学校から、藤美弥家の方まで、徒歩なら5分の道のり。

今いる校庭から、微かに見える"獣道"へ飛び、鬼の棲む通りを抜ければ2分だ。


右足に力を込め、そのまま真下に解放する。

氷の様な雪の塊から、フワッと浮き上がった体。


視線の先には校舎の4階が見えた。

そのまま軽く浮遊して、校庭のネットが張られたポールの上に着地する。


「ん?」


その刹那。


目の前を"何か"が過った。

目の前が真っ赤に染まり、視線を動かして見えたのは、私の"右手"。

一瞬のうちに体が真っ赤に発熱し、"血飛沫だけで繋がった"それを"呼び戻す"。


「……」


狐面をつけていなければ、明日から利き手が変わる所だった。

無事に戻って来た右手を摩りつつ、血に汚れたコートと制服の袖に目を向ける。

完全に油断していた所…心臓がバクバクと早鐘を打った。


「おっしぃなぁー!もー!失敗!失敗!」


眼下から明るい声。

血に染まった衣服から声の方に目を向ける。

そこに居たのは、季節感ゼロの、夏の格好に身を包む、アイドルの様な風貌をした女。


「有希子ちゃん、消されちゃうしさぁ!あと5cm手前なら、真っ二つだったのにぃ!!ごめんねぇ!有希子ちゃん!まだ、アタクシ、この女を、殺せない!」

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