24.そうと決まれば、話は早い。

そうと決まれば、話は早い。

気持ちはどうあれ、ウズウズしていた所に、ゴーサインが出れば、あとは飛び出すだけ。

飛び出すための準備は出来ているのだから、あとは目標目掛けて突っ走ればいいのだ。


「あれ?入舸さん、まだ帰ってなかったんだ」


八沙からの報告を受けた次の日の放課後。

今日もまた、穂花達を先に帰して居残っている。

昨日、是枝陀先生と会話した校舎の隅で、彼女が"私目当てに出て来る"のを待っていた。


「なんでジャージに…?もう夜よ?人には寒いでしょうに。風邪引いちゃうわよ?」


まるで、まだ学校で働いているかのように、職員用玄関から姿を見せた先生。

鞄を背負い、コートのポケットに手を突っ込んだまま何も言わない私に、ゆっくりと歩み寄って来た。


「先生に用事がありましてね」


周囲を見つつ、誰もいないことを確認してようやく口を開く。

目の前までやって来た彼女は、眉を上げて首を傾げた。


「あら、私に?」


首を傾げたその額に、ポケットから取り出した"赤紙の呪符"を貼り付ける。


「ア?」


貼り付けた刹那。

呪符は溶け出し、先生の体に吸い込まれていく。

軟膏がしっかり塗り込まれたように、呪符は先生の体に消えていく。


「ほぅ…」


溶け込んだ呪符。

それは、人に義体した妖の本性を曝け出す特効薬。

先生の"本性"が、夕方の寒空の下に曝け出される。


「そうだよなぁ。子供に"先生"って職業は、良く効くもんなぁ」


彼女の骨の一部が、この間対峙したときと明らかに違っていた。

頭蓋骨、この間とは全く別の頭にすげ変わっていて、その頭頂部には2つの角が見える。


「昨日、鬼が1人消えたみたいだけどもさ。彼、そんな頭してたよなぁ」


その姿を見てニヤリと笑う。

開きっぱなしだった鞄の中から狐面を取り出すと、それをゆっくり顔に付けた。


「ソンナ…」


骸の声が、ほんの少し上ずる。

狐面の中で口角を吊り上げて、コートのポケットから取り出した"赤紙の呪符"を、"彼女"の方に突き出した。


「"滅し"はしない。"隠す"だけ。その先に、何があっても、知ったことではないけども」


寒風が吹きすさぶ校舎の隅。

突き出した呪符は、何時ものように"綺麗な"光り方をしていない。

さっきまで私を煽るようにカタカタ音を立てていた骸骨は、馴れ馴れしい距離から二歩分離れていった。


「祭りは大勢で楽しみたかったよ。でも、"待て"も出来ない犬は、受け入れないよなぁ」


その言葉と共に、圧雪の上で一歩足を踏み出す。

手にした呪符は、時を追うごとに靄となり、私を包み込んでいく。

その刹那、たじろいだ骸骨は、校舎の壁に自らの骨を突き刺した。


「おぉー、魅せてくれるわ」


"人"の世界にも影響を与えかねない傷が、校舎の壁に残される。

それはよく、"怪奇現象"と言われ、暫く噂となって残るものだ。


「やっぱ、人の世界で動けばさぁ。常識もそっちに寄ってくるもんだわな!」


冷たい壁を駆け上がる骸骨。

それが作ったヒビに手をかけて、視界から骸を消さぬまま追いかけた。


「エ?ナンデ…!」


カメムシのように壁を這いずる骸。

その視界に私が映る事が、余程意外だったらしい。

表情の無い、角が生えた頭骸骨の口元が、上下に揺らいでいた。


「よっほっ!っとぉ!」


校舎のヒビに窓枠に、そこから勢いそのままに、もう一度ヒビに手をかけて。

自由自在に登って辿り着いたのは、これまでの雪がどっさり積もった校舎の屋上。

雪が無い端っこに足を載せると、屋上の中心部に逃げた小柄な骸骨の妖をじっと見据えた。


「この間は、"隠す"の失敗したからなぁ」


ずっと手にしていた呪符が放つ靄は、全身を包み込むほどに深くなっている。


「ソンナ…チカラ、ドコカラ…!」


周囲を見回す骸。

そこへ目掛けて足を踏み出す。


踏み出した先、深々と積もった"ベタ雪"の上。

人ならば、埋もれてしまいそうな雪の上を、滑るように駆け抜けた。


「クゥ…!」


構える骸骨。

飛んできたのは、左右6本の"腕"から放たれた斬撃。

どんな仕組みか知らないが、骨が"伸びて"飛んでくる。


右に左に…右と見せかけて左に大回り。

この間、お腹を貫いてきた刃先を交わして前だけに進んでいく。


「チクショウガ!」


堪らず後退し始める骸骨。

彼女が作った雪の轍の上に足を置き、向かってくる刃を躱してその先へ。

靄と化した私は、靄に掠れた軌跡を後ろに残して追いかけた。


「おっとぉ!」


最中、躱しきれない骨が迫る。

それに動じず、強引に体を捻って翻すと、骨が伸びてきた"可動部分"に手が伸びた。


「グ!ギ…ャアァ!!!」

「あと5本だね」


手刀で砕いたのは、思った以上に柔らかい関節の部分。

その破片を手で掃い、得られた"戦利品"を右手に握った。


「骨も、ダイヤになるもんなぁ」


刀のように握ったのは、人の何処かの部位の骨。

加工されて、光沢が出る程に磨き上げられた刃の部分を見せつけた。


「片手で十分さね」


一瞬怯んでいた骸骨は、腕を1本失った程度で手を緩めない。

殆ど間合いに入ったと言える今、5本の腕が私を目掛け、空気を切り裂いてきた。


一閃。


右手一本で振るわれた刃が、5本の腕を木端微塵に刻み込む。

切り刻んだ勢いそのままに、雪の上を踏み込み、飛び出し、呪符を手にした左手を、骸骨の胸元へと突き出した。


「つかまえた!」

「ツカマエタ!」

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