21.事の重大さを知るにも、順序というものがある。

事の重大さを知るにも、順序というものがある。

何も知らぬまま押さえつけるのは簡単だけど、それで得られるものはきっと何もない。

だからといって野放しにしていれば、重大さに気づいた頃にはもう遅いんだけどさ。


「こんな時間に呼び出されたってことは、何かあったってことだよね」


週の真ん中の昼休み。

校内放送で呼び出されて向かった先は、来客用玄関。

そこから外に出て、久々に見た家の車に乗り込んで、ようやく話が始まった。


「どうしたもこうしたも。今朝、2人攫われたのさ」


後部座席で向かい合うのは、私の母様。

母様は、険しい顔を浮かべたまま話を続ける。


「攫われたのはどっちも子供なのよ」

「…"白龍"の監視があったんじゃないの?」

「ちゃんと見てた。こっちに抜かりは無かったさ」

「それなのに、やられた。と」


話題は、平日の昼にするには凄く重い。

似たような顔を作ると、ぶかぶかの制服の右袖に仕込んでいた呪符を抜き出して見せる。


「この程度じゃ駄目ってことじゃん」

「ええ。さっき、お触れを出したわ」

「そこまでとはね。じゃぁ、さっき攫われた時に使われたのは…」

「"蜃気楼"でしょうね。敵は"No6"…"冥暗"で間違いない」

「"蜃気楼"…見た事ないよ」

「私ですら無いわよ。その辺は八沙が詳しいから、対処を任せているけれど。手を打つまで少し掛かりそう」

「ほー」


眉を上げて、口元を微かに吊り上げる。

周囲の音が何も聞こえない車内で、母様の瞳が私に突き刺さった。


「京都の人達には何て言われてるの?」

「"丁寧な仕事ぶりを拝見させていただきました"だって」

「はぁ。だったら人の1匹2匹、寄越せってさ」

「…えぇ。被害が出た以上、また何か起きるわ」

「でしょうね」

「だから、沙月にこれを渡しに来たってわけ」


そう言った母様は、小さなケースを渡してくる。

微かに目を剥いだ私は、何も言わずに受け取ると、すぐに蓋を開いて中身を見た。


「久々に見た」

「そういう事だから」

「分かった。それじゃ」


嫌な汗が背中を流れ落ちる。

コクリと頷くと、ケースの蓋を閉じて、車のドアノブに手をかけた。


「冥暗の掟として。骨に防人の匂いが付いていれば、序列が上がるそうよ」


出ていく直前、母様はポツリと助言をくれる。


「気を付ける。彼らの"祭り"までには、ちゃんと舞台を整えておいてね」


頷いてそう告げた私は、ドアを開けて外に出た。

ドアを閉めると、車は直ぐに動き出し、駐車場から消えていく。

その影が見えなくなるまで見送った私は、手にしたケースの蓋を開き、中に入っていたものを手に取った。


「アクセサリーは校則違反なんだけど」


誰もいない、寒風が抜けていく駐車場で、ポツリと呟く。

手にしたものは、小さな呪符が付いたピアスだった。

これをつければ、どちらでもない紛い物になれる。


「…あぁ、今更か」


拒否権の無い問いの答えを出すと、両耳にピアスをつけた。

つけただけで、目に見える世界は何も変わらない。


右耳につけたピアスに手を触れて、それから右耳の後ろ側に手を触れる。

あるはずの髪が剃り込まれた部分。

人の肌の感触が返ってこない、"元から人ではない"部分。

ヒンヤリとした、それでいてヒリつくほどの妖気が指先に伝わってきた。


「見ぃちゃった、見ぃちゃったー」


静寂が突如として破られる。

ハッとして声の方に顔を向けると、校舎の影に人の姿。


「是枝陀先生」


右手を戻して楽にすると、周囲を見回して彼女の方へと歩いていく。

その途中、校舎に付けられた時計に目を向けると、休みの残りは10分少々といった所。

骸の姿ではない、"人の姿をしただけの妖"は、私の姿を見て何処か楽し気な様子だ。


「随分と不用心ですね」


周囲を気にしつつ、面倒くささが混じった声色で声をかける。

彼女は、キョトンとした顔を浮かべて首を傾げた後、可愛い顔には似合わない、気味の悪いニヤケ顔を浮かべてきた。


「さっきのはお母様だったわね。確かに、危うく消されてしまう所だった」

「何もしないでいれば、放っておくのが"この地域"の防人ですから」

「なんだ。気づけないってわけじゃないのね」

「気づかったとしても、気づける存在はちゃんといます」


校舎の隅。

出入り口からは見えない、普段であれば、隠れて煙草を吸うような場所に2人。

いつでも"消せる"用意をしつつ、その気を彼女に向けながら対峙する。


「ふふふ。"表の顔"があるって、大変ねぇ。貴女は、この場所に縛られてるんでしょう?」


それを知ってか知らずか、彼女は得意満面な表情を浮かべたまま私の顔を見上げてきた。


「人攫いのこと言ってます?」

「どうだろう。ただ、攫ってから、この世界で言う"1時間"の間に骨に出来るのよ」

「じゃ、もう遅いじゃないですか。今朝やられたんだし」

「でもぉ、きっとぉ、アレは良い出来にぃ、仕上がらないわぁ」


妖としての口調と、人としての口調が混じり始める。

悦に浸った様な声色で、煽るような視線をこちらに向けて囁いた。


「何が目的?」


口も触れそうな程、グイっと近づいてきた彼女を押し返しながら問いかける。

彼女の吐息と共に、微かに香ってくる血の匂いに、ほんの少し顔を歪めた。


「目的ぃ?流行りに乗りたいだけですよぉ。今乗らないとぉ、置いて行かれますぅ」

「趣味の悪い流行り。この世界に何もしなければ、私達は本当に何もしないというのに」

「アクセサリィですよぉ。人の世界でもあるでしょぅ?珍しければ珍しい程良いのよぉ」


完全に妖口調になった先生。

最早、その眼は骸の時の様で、表情を作っていない。

だが、それを補うには十分な程に、頬から口がニヤついていた。


「ここはぁ、私がキープしている大事な所なんですよぉ」


私を目の前に、大胆な宣言を1つ。

呪符を出そうとした私の手をがっしり掴むと、首を左右に振った。


「まだですぅ。学びましたぁ。良い骨にはぁ、良いストーリィがいるものですぅ」


人としての腕が震える程の力で、私の右腕を抑えつけながら、彼女は私に目を合わせる。


「苦労すればぁ、苦労するほどぉ、骨の輝きが増すんですよぉ」


色のない瞳の奥、吸い込まれそうな黒い瞳に、私の全身が映し出された。


「骨もぉ、その身もぉ。ちゃぁんと熟しておかないとぉ……後悔しちゃいますからぁ」

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