22.やると言われれば、こっちにだって考えがある。
やると言われれば、こっちにだって考えがある。
堂々と宣言されて、はいそうですかと、黙っている人はいないだろう。
何がどうあれ、それなりに準備を整えて、その時を迎えるはずだ。
「何処にあるんですか?」
休めなかった昼休みを終えて、6時間目までを何事もなく終えた放課後。
普段なら真っ直ぐ帰るはずの時間帯だが、穂花と楓花を先に返し、正臣と共に学校に居残っていた。
「是枝陀先生の机の引き出しに入ってるんじゃないかな」
「開けて良いんですか?」
「いいよ。行方不明なんだし」
用事は、是枝陀先生の代わりに担任に就いた先生の手伝い。
是枝陀先生の持っていた科目もそのまま引き継いだから、授業の為の資料探しやらプリント運びやら何やらを手伝ってくれとの事。
やる気の無さそうな小太り中年男に付き合うのは癪だったが、堂々と是枝陀先生の机を探れそうとあれば話は別だった。
「ちょっと探してみてくれ。羽瀬霧はこっち。運ぶの手伝って」
「はい」
放課後、まだまだ活気のある職員室。
出ていく正臣と先生の背中を見送ると、小さく溜息をついて、是枝陀先生が使っていた机の椅子に座った。
引き出しに手を伸ばし、中の詰まってそうな重さの引き出しを開ける。
「…躊躇なく開けるのね」
そんな私の右隣、微かに血の香りがした。
"行方不明"だったはずの女が、私の耳元でそう囁く。
放課後、職員室に入った辺りから私に付き纏っていた存在。
周囲の人間が誰一人として"認識できていない"から、何も反応を返せなかった。
「私が消えたら、あの人が穴埋めするだろうなぁと思ってたんだけど。まさか入舸さんと羽瀬霧君を使うとはねぇ。1人でやれっての」
消えた時の格好のまま、ぶつぶつと呟く是枝陀先生。
頼まれた探し物を探しつつ、徐々に真横の存在が気になってきた私は、制服の胸ポケットから生徒手帳とボールペンを取り出すと、メモ欄にペンを走らせた。
"おしえてくれれば すぐすみますよ"
殴り書きの文字。
是枝陀先生は、私の肩をガッと掴むと、生徒手帳に書かれた文字を見てニヤッと笑う。
「頑張って探してね。何処に仕舞ったか、忘れたわ」
"いいせいかく してますね"
溜息をつきながら、1文を追加。
穏便に済まそうという気は何処かへ消え失せ、開けた引き出しの中身を全て机の上に引っ張り上げた。
「収集つかなくなるんじゃない?」
外野の横やりは聞き流し、雑多に積まれた書類を見て行く。
職員用の書類に混じって、時折目当ての資料の一部が見つかる。
眉を潜めて横目に先生を見ると、彼女は悪戯が成功した様な顔を浮かべていた。
「良い趣味してる」
小声でボソッと毒づく。
近くにいた別の先生が、怪訝な顔をしてこちらに目を向けたが、それを意に介さず手を動かし続けた。
「入舸さんも、大変よねぇ…先生方にすら怖がられちゃって。羽瀬霧君に、藤美弥さんって人気者が傍に居るから、別にいいのかしら」
頼まれた通り資料を探しつつ、横からの言葉を聞き流す。
横目に先生を見てみると、さっきまでのふざけた顔が、嘘の様に真顔に戻っていた。
「人間だけの世界で過ごしてみて、不思議なのよ。何て言えばいいのかしらね。面倒なことが多いって言うのかしら。こうでもしなければ、こんなに発展しないというのなら、私達の世界にいる"家畜"がああなのも頷けるわ」
"異境"の者らしさを感じる、真面目な言葉。
紙の束から資料を仕分けつつ、つい彼女の独白に耳を傾けてしまっていた。
「楽しみの為だけに生きる事は出来ないのよねぇ。ここの人間とやらは。合わなければ、それでサヨナラで良いじゃない。代わりは星の数程いるのよ?きっと何処か合う居場所があるわ。これだけ多ければ、1人だけってことには、絶対にならないもの」
束を分けていく最中、紙の束から出てきたパンフレットに目が留まる。
是枝陀先生が「あっ」と声を上げた。
「そうそう。そういう楽しみの為だけに生きるのよ。その祭り。貴方達の気持ちをこっちの世界で表せば…そうね。宗教が違う!とかじゃないかしら。定期的に変えないと弱くなるものよねぇ。どうせ変えるなら、もっと良い物がいいわぁ」
そのパンフレットは、この間マリーナベイのエレベーターで拾った物と同じもの。
「"収穫祭"、来週だったわね。本当、こんなに良い場所を紹介してくれた誰かさんには感謝してもしきれないわぁ」
真面目に語っていた先生の顔が、再びふざけた笑みに切り替わる。
「発展してくれたお陰で、あっちとは雲泥の差なのよ。あっちじゃ大きくならないと使い物にならいいのに、最近知ったことだけど。こっちの世界は、貴女位か、もう少し小さくても使いものになる。小さくて丈夫なら、今までできなかったことが出来る!ああ、何て素晴らしいんでしょう」
悦に浸った声。
パンフレットを束の中に戻すと、再び束の中から資料を探していく。
見つけた資料のページを確認する限り、探さなければならないのは後5枚。
残りの束の量を考えれば、そんなに時間はかからないはずだ。
「ここにきて、ここをキープ出来て、ラッキーだったわ。でも、一番欲しいモノは取られちゃうかなぁ…」
"そろそろ さよならですよ"
残りの束に手をつける前に、手帳にそう書いて見せると、彼女は口を閉じる。
「あと、少しかぁ」
残った束を見て呟くと、再び周囲の先生方がチラリとこちらに目を向けた。
書類の束に手をつけて、次から次へと仕分けていく。
「……チッ」
授業の為の資料の残り5枚は、一定の間隔で見つかっていった。
人為的過ぎる配置に、思わず小声で毒づく。
横目に見える先生の目が、ニヤッと細められた。
「…ん?」
資料だけを抜き終えて、見落としが無いか確かめようと、残りの束を適当に捲っていた時。
束の最後の方に、少し小汚いノートが現れた。
「あ…」
所々紙が剥げた、青い大学ノート。
横から先生の声が聞こえ、横目に見ると、頬が少し引きつっていた。
「ふーん」
その様子を見て、そっと資料の束の方にノートを移す。
"この場では何も出来ない"彼女は、必死にノートに手を伸ばしていたが、ノートに手が触れることは無い。
その様子を見て口角を上げると、手帳にサラっとペンを走らせた。
"ノート おかりしますね"
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