19.何かあると思っていても、それ以上の事は探れない。

何かがあると思っていても、それ以上の事は探れない。

理由はその時々と言うもので、その理由は何時だって手の届かない所にある。

手の届かない所にある理由が分かってスッキリした時には、もう遅いのだ。


「正臣君のクラスメイトの入舸です。プリントを届けに来ました」


月曜日。

是枝陀先生が行方不明であると、学校中に伝わった日の放課後の事。

体調不良で学校を休んだ正臣に、プリントを届けにやって来ていた。


「はい…」


彼の家は、学校から程近い、それなりに新しいマンション。

インターフォン越しに呼び出すと、オートロックが解錠され、自動ドアが勝手に開く。

中に入り、エレベーターに乗って5階まで上がる。

降りた廊下の突き当り、角部屋までやって来ると、扉の横のチャイムを鳴らした。


「……」


今度は反応も無く、ただ、部屋の方から誰かの気配を感じるだけ。

鍵が開けられた音の後、ゆっくり扉が開くと、冷えピタを貼った正臣が出てきた。


「正臣?」

「ん…?俺しかいないよ、今は」

「お父さんかと思った。声変わりしてるもんだね。気づかないけどさ」


少し彼から目線を逸らしつつ、鞄から彼の分のプリントを取り出した。

彼と重なった"悪霊"の姿が、逸らした先に現れる。


「はい、これ。明日の宿題分」

「ありがとう。明日も行けるか分からないけど」

「あぁ、それなら大丈夫だと思うよ?」


熱っぽい様子で話す彼を見て、クスッと笑ってみせる。

一昨日と同じように、コートのポケットから呪符を取り出して、彼の額に貼り付けた。


「え?何?…あ…」


彼は一瞬驚いて、呪符に気づくと大人しくなる。

直後、額に貼った呪符へ念が流れ込み、ボウッっと青紫色に輝いた。


「どこで憑いたんだか。昨日、何処かに行ってたの?」


顔色が戻った正臣に尋ねると、彼は体を動かして調子を確かめつつ、顎に手を当てた。


「朝にマリーナベイに行って、帰りはめんまに寄って昼食って…だけだね。そしたら午後から調子崩してさ」

「なるほど。正臣、明日学校終わったら、家に来てくれない?」


怪しい場所が増えた瞬間、私は眉を潜める。

"悪霊"が出て来て憑りつく事も、こんなしょっちゅうある事じゃない。


「沙月の家に?」

「そう。本当は今すぐと言いたいけどね。熱はまだありそうだし、安静にしてて」

「分かった」

「ごめんなさいね。色々と。私達も、大丈夫って言えるまではもう少しかかりそうなの」

「いや、全然。問題ないよ?」

「そう。なら、また明日」

「うん。気を付けて」


彼に手を振って別れ、扉が閉められると、小さな溜息を一つついて、来た道に戻り始める。

コートのポケットに手を入れて歩きつつ、サイズの大きい制服の感触に苦笑いを浮かべた。


「やっぱ、動きづらいなぁ」


エレベーターを呼び出して呟く。


一昨日、"行方不明"になった担任の先生に駄目にされた私の制服。

卒業まで後少しのタイミングだから、買わずにジャージで過ごそうかと思っていた所に、穂花と楓花が助け舟を出してくれたのだ。


着ていない制服を貸してくれるのは有難かったが、唯一問題があった。

2人は、私の顔の半分位、背が高く、私よりもスタイルが良い事。

今はコートで隠れているから良いものの、制服姿だと少し気になる位にサイズが大きい。


「あと2か月か…」


誰もいないエレベーターの中で、ボソッと呟く。


卒業までの2か月間、まるで新入生のような制服の着こなしを強いられる。

拘りは薄い物の、"女"である以上、気にしないということには無理があった。


「しょうがないよなぁ…不意打ちだもの」


壁に寄り掛かって愚痴を一つ。

そう言ってる間に、エレベーターは1階について扉が開く。

廊下を歩いて、エントランスを抜けて外に出る。

ここから家までは5分の道のりだ。


「ふー」


薄暗い帰り道。

歩道は雪山と化していて、仕方なく歩く道は、車が作った轍の上。

白い吐息を吐きながら、徐々に暗さを増していく中を歩いていく。


マンションを出て、中学校の方に上がっていき、そこを通り過ぎて更に奥。

藤美弥家と私の家しかない細い道を目指して上がって行く。


「ん?」


中学校の前を通り過ぎた時。

何かが動く影が見えて、一度足を止めて横目に見た。


夕方、まだ残っていた先生だろうと思っていたその影。

ふと顔を向けてみれば、その影は、私の姿を見止めて足を止めている。


「なっ…!」


その姿を見た私は、思わず声を上げて目を見開いた。

"行方不明"になったはずの女は、そんな私を見つめてニヤリと笑う。


「Good Evening!入舸さん。心配かけてごめんなさいね」


是枝陀先生は、この間の格好のままそこにいた。

何食わぬ顔で、乗り込もうとしていた車の前を通り過ぎて、私の方へと近づいてくる。


「どうしてここに?」


何も動けぬまま、彼女が目の前にやって来るのを眺めるしかない。

彼女は笑っていない目をこちらに向けながら傍まで来ると、周囲を見回した。


「羽瀬霧君にプリントを届けた帰りかしら?」


傍から見れば、他愛の無い学校で起きた事の確認。

私は訝し気な目を向けたまま、コクリと頷いて見せた。


「そう、ありがとう」


頷いて、一歩引いた私に、二歩分にじり寄ってくる先生。

口調や態度は先生だった頃のままなのに、その表情は時を追うごとに消えていく。


「ねぇ、入舸さん?」


顔をこちらに突き出して、初めて彼女は"本性"を覗かせた。


「ここの"防人様"はぁ、随分とぉ、親切ねぇ?こうしてぇ、戻って来れちゃったよぉ?」


勝ち誇った声色と色の無い顔に、微かに口角を引きつらせた私は、何も出来ずに言い返す。


「祭りに来れないのは、可哀想だなと思っただけですよ」


何もしてこない先生を、トンと押し戻すと、こちらも"本性"を曝け出す。


「まだ、生かしといてやる。祭りの日まで、せいぜい足掻いて見せな」

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