17.別世界を知った日は、その世界の事柄が嫌でも目に付く。

別世界を知った日は、その世界の事柄が嫌でも目に付く。

気にしているつもりは全くないのに、行く先々で、何故か普段目につかなかったものに目が行ってしまう。

世界が広がって行くと言えば聞こえは良いが、時にはそれが面倒な雑音になる事だってあるのさ。


「悪霊に憑りつかれてるって言ってもさ。俺、幽霊なんて見えないんだけど」


お昼過ぎ、再び姿を"表の顔"に戻した私は、私服に着替えて出かけていた。

お1人様でなく、正臣も連れてやってきたのは、"マリーナベイ・オタルナイ"。

高速道路の近くにある、この街で一番大きいショッピングモールだ。


穂花と楓花は、八沙を護衛に付けてお留守番。

正臣は、ついさっき頼まれた調査に好都合だったので、体質の説明ついでに連れてきた。


「楓花は見えるんだけどね。穂花は、ボヤけるって言ってたっけか。さっきも言ったけど、偶に体調を崩すのはそのせいなの」


正臣の、悪霊に"憑かれやすい"気質。

全てを隠していた時は、取り憑かれている様を見て、知らぬ間に祓ってやる位しか出来なかった。

だけど、こうして"こっち側"に来てくれれば、彼ほど助手に適任な存在もいないわけで。


「で、連れてこられたってことは、今度は悪霊を見せてくれるのかな?」

「そうだね。あぁ、さっき渡した御守りを持っていれば、悪霊が"見える"はずだよ」

「見たくないなぁ…御守りなら守って欲しいよね」


モールの中を歩きつつ、彼はそう言って頭の後ろで手を組む。

何とも言えぬ表情が、彼の言わんとしていることを伝えていた。


「御守りなんて子供騙しで、万能じゃないのさ。体質は体質で変わらないし、治せないんだ。上手く付き合ってくしかないよ」

「なるほど。で、調査もやるんだっけ。俺がいて邪魔じゃない?」


そう尋ねてきた彼の方に視線を切ると、小さく首を左右に振って答える。


「全然。寧ろ、その引き寄せ体質を使いたくてね」

「はぁ?」

「悪霊がいない所で悪霊騒ぎがあった。それを正臣に憑かせて、私が祓って無事解決」

「待て待て待て。普通に祓えないの?」


これから起きる出来事をサラリと話すと、彼は顔を真っ青にして1歩離れた。

直ぐに手を捕まえて逃げられなくすると、彼の腕に私の腕を絡ませる。


「正臣、この現代で、悪霊が人に憑りつくなんてことは、本来有り得ない事なのさ」


傍から見れば、ただの仲が良い子供の2人組。

青くした顔を、少し赤くした彼に、私はクイっと顔を近づけた。


「悪霊も所詮は亡者。今時の悪霊とて、元を辿れば現代人。今時の人間は、"妖"を信じなくなったからさ、悪霊としてこの世に残っても、災いを起こすだけの"力"が無いんだ」

「人に憑かないなら、尚更、そのまま祓えないの?」

「えぇ。何にも憑かない"悪霊"は空気と同じ。誰かの中に入ってくれれば、術が効く。ま、隠し事せず言うのなら、今の私に、悪霊単体を祓うだけの力は無いのさ」


潜めた声でそう言うと、彼に近づけた顔を離して、絡めていた腕も離す。

正臣は、青くも赤くもなっていた顔を元に戻すと、目じりを下げて口を開けた。


「出来る人いないの?」

「何処かにはいるんでしょうけどね。私の周りにはいないよ。皆、"別の世界"にいる"妖"退治とかなら得意なんだけど」

「そうなんだ」

「だから、私達にとって正臣は打ってつけの人材ってこと。もう何年も前からね。でも、正臣は一般人だから、手は出さなかったんだ」

「それが今日、こうなったって?」

「そう。しまった!って思ったけど、ラッキーでもあった。タダ働きはさせないし、悪霊祓い程度では失敗しないから、安心してよ」

「ほぅ?てっきり秘密を知ったからには…ってやつかと思ってた」

「んな訳ないでしょ。悪いのは私。巻き込まれた人に、負担はさせないよ」


そう言いながら、コートのポケットから取り出した財布を見せる。


「ちょっと小遣いが増える程度だけど。バイト代みたいなのも出せるから」

「ホント?」


その言葉に、ちょっとだけ正臣のやる気が増した。

私は苦笑いを浮かべつつ、ほんの少し胸の周りがチクチク痛む。

言ってることに嘘は無いのだが…


「さて、そろそろだ」


そう言って気持ちを誤魔化し、やって来たのはモールの4階。

海が望める吹き抜けの辺りで、ボーリング場が近くにある以外は目立つものが無いエリア。


「この辺?」


本当に何の変哲もない所。

足を止めた後、正臣は周囲を見回しながら呟いた。


「そうそう、この辺。やっぱ気味悪く感じるのかな?他の人いないや。好都合だけど」

「はぁ、その辺見ても何も見えないけど」

「まだ見える場所にいないだけ。悪霊って、普段からその辺を漂ってるわけじゃないのさ」


海を眺めながら、吹き抜けの柵に寄り掛かる。

彼も私の横にやって来ると、同じように柵に寄り掛かった。


「悪霊ってのは、言っても亡者の魂そのもの。最近死んだ人の魂さ。悪霊になるには"怨嗟"と"羞恥"が必須でね。その2つの念に駆られた結果生まれて、彼らはそれを自分の中で消化できぬまま漂うのさ。で、結局は何も出来ず暗がりに棲み付いてね」


窓越しの海を眺め、話を続ける。

微かにだけど、周囲の気温が下がって来た様な気がした。


「で、やる事と言えば、たまに心霊現象を起こすだけ。まさか、科学で解明されてるはずの現象を、自分が起こす羽目になるとは思わないよなぁ。そりゃそうだ。悪霊になる奴なんて、ひ弱な連中が多いんだから。悪さをする度胸も無いんだ。本来は…」


そう言って笑いつつ、視界の隅に、微かに見えた黒い靄の様なものに目を向ける。

私の顔の動きに気づいた正臣が、遅れて私の視線を追いかけた。


「うわ!」

「でもねぇ、偶に"ヤル気"を出した悪霊が、正臣みたいな"憑きやすい"体質の人間目掛けて降ってくるのさ」


その靄の動きは、目にも留まらない。

視界の一部が黒くなったかと思えば、次の瞬間には正臣の中に入り込む。

その様子を眺めつつ、上着のポケットに入れた呪符を抜き出すと、彼の背中に手を回した。


「いっ」

「弱い悪霊なら、そんな感じで気分が悪くなるだけで済む」


少し気分の悪そうな顔をした正臣にそう言いながら、手にした呪符に念を込める。

刹那、ボワッと青紫色に光る呪符。

青白くなっていった彼の顔が、何事も無かったかのようにスッと和らいだ。


「ね?体調不良の原因が分かったでしょ?」


胸に手を当て、深呼吸する正臣にそう言うと、彼は引きつった笑みを浮かべて頷いて見せる。


「これが、今まで正臣に起きてきたこと。決して体が弱いからじゃないよ。最近、何でか知らないけど、"人を襲う悪霊"とやらが多くてね」


そう言って、彼の方を見て軽く笑みを見せた時。

近くのエレベーターが、ポーンと到着のチャイム音を鳴らした。


「おっと。誰か来る」


口に人差し指を当てて黙り込む。

何気なくやって来たエレベーターの方に目を向けた私は、出てきた人物を見て唖然とした。


「なんだぁ。気配が消えたと思えばぁ、"絵描き"が出張ってきてたのかぁ」

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