16.常識外のモノを見た時の正しい反応は、きっと無反応だ。
常識外のモノを見た時の正しい反応は、きっと無反応だ。
ワザとらしく悲鳴をあげたり、ちょっとでも呻き声があがるなら、その人はきっと、まだどこかで大丈夫だと思ってる。
本当に、その人の辞書にない出来事が起きた時というのは、誰も彼も固まったまま何も出来ないものさ。
「……」
正臣は、唖然とした表情を浮かべたまま固まっていた。
土曜日、調査のために学校へと出向いた後、藤美弥家に彼を連れ帰ってきて数分後。
藤美弥家の応接間で、私や穂花、楓花が見守る中。
手っとり早い"説明"のために呼び寄せた八沙の変化に、彼は言葉を失ったまま固まっていた。
「おい、コイツ気絶してねぇか?面白い反応の一つもしねぇでや」
白菫色の髪を持つ少年から、紫髪の大男に変化した彼は、こちらに顔を向けてお道化る。
穂花と楓花は首を左右に振って、私は深い苦笑いを浮かべて肩を竦めて見せた。
「気絶してないわ。ちゃんと瞬きしてるし」
「マサは八沙さんみたいな存在を一つも知らない一般人ですもの。しょうがないわ」
「ほぅ?何だって嬢ちゃん方の家にいるんだよ」
「さっき学校で、私が"仕事"してる所を見られたから連れてきたの」
八沙は最後の言葉にピクッと反応する
驚いた顔を浮かべると、顔を顰め、私の手に握られた狐面に目を向けた。
「被ってねかったのかよ?」
「被ってたよ。でも、奴さん方の呪符を持った時に効果が切れたみたい。ホラ、見てよ」
ちょっと距離のある八沙に、狐面をフリスビーのように投げ渡す。
彼は難なくキャッチすると、裏面に貼られた呪符を見て顔を歪めた。
「私達の呪符を上書いてしまう程の呪符だったってわけ。その面から何か分かるかもしれないから、確認を任せたい。私は彼と話があるから…正臣は、こっちに来て」
狐面を八沙に任せ、正臣をこっちに呼び寄せる。
高そうな応接セットの、テーブルを挟んだ向こう側に彼を座らせると、私達3人はジッと彼を見据えた。
「マサ。まだ、夢見心地って感じね」
「そうね。人生が変わる瞬間って感じよ?」
左右に座る穂花と楓花が茶化すと、彼はようやく表情を変えた。
普段通りの優し気な顔は、ほんの少しだけ口元が引きつっている。
「あぁ、なんか、凄い事になったなって」
浮ついた高い声。
小さくクスッと笑った私は、髪に手を当てた。
「ちょっと見ててね」
そう言って、黒い髪を留めていたピンを抜いてウィッグを取り払う。
それをテーブル上、予め置かれていたスケッチブックの横に置くと、彼の瞳が一気に見開かれた。
「っと…」
彼の様子を見て笑う前に、そこから更に姿を変えていく。
眼鏡を外して正臣の方に放り投げ、予め用意していたメイク落としで左目当たりを擦って見せた。
「顔、元に戻せた?」
「戻ってる戻ってる」
「よーし」
最後に、ウィッグの為に潰していた髪を自由にすると、視界の隅に白菫色の髪が見える。
これで、普段の、"何も弄っていない私"の姿に戻った。
「どう?ジャージ姿で悪いけど。初詣の時に見た女は、確かに私で間違い無いでしょう?」
その言葉に、彼はコクリと頷く。
「ずっと、騙していたみたいで、ごめんなさいね。長い付き合いなのに」
「いや、うん。良いんだけど…知っちゃって良いのかな」
「不可抗力と言えど、見ちゃった正臣が悪いのさ。"こっち側"を覗き込んでしまったから」
そう言いつつ、スケッチブックを手に取った。
「普通の人じゃないのさ、私。何て言えば良いかな…あぁ、妖怪って奴が見えるって言えば良いのかな」
スケッチブックのページを捲り、目当ての絵を見つけると、ページを切り離してテーブルに置く。
「信じられる?」
「ちょっと信じがたいけど…さっきの人もそうなんでしょ?」
「そう。彼は例外だから正臣にも見える。して…この絵、何が書かれてるか分かる?」
「鬼?」
「そう。で、一旦、そこの窓を見て頂戴」
彼は言われた通り窓の外に目を向けた。
「何か見える?」
私の視界の先では、藤美弥家に棲み付く鬼がこちらを見つめて手を振っている。
横目に見える正臣は、首を小さく左右に振った。
「でしょうね。じゃぁ、この絵をもう一度見て」
彼の視線は、再びテーブルの上の鬼の絵に。
私はその絵の上に手を載せると、目を閉じてそっと念を込めた。
「……」
何時ものように指先が痺れ始め、紙が手汗で濡れる。
薄く目を開けると、鬼が描かれた紙は、真っ黒に染められていく真っ最中。
更に力を込めて、絵が書かれた紙を炭に変えると、目を開けて、ニヤリとした表情を正臣に向けた。
「もう一度、窓の外を見て」
言われるがまま、正臣は窓の外に首を向けて、そして声を上げて仰け反った。
「私が書いた絵に、ちょっと力を込めれば、ちょっとの間だけ"私の側"になれる」
「え?あれ、鬼なの?絵に描かれてた、鬼?…もしかして、最初からいた?」
ガラス越しに見た鬼の姿を見て、引きつった声が更に高くなる。
「最初からそこに立たせてた。私達の手駒だから何もしてこないよ」
「そう…」
「信じてくれた?私が見てる世界が、ちょっと他の人と違うこと」
正臣をじっと見据えると、彼はコクコクと首を縦に振った。
「十分だ。これは…誰にも言えないよな。で…俺、この後、何かされたりするの?」
「何もしないよ。ただ、話して、口止めを兼ねて強く念押しするだけさ」
「そう。暫く何も手がつかなさそうなんだけど」
「大丈夫。人の慣れって凄いんだから」
苦笑いを浮かべる正臣。
私は彼の視線を受け流すと、左右2人の気を引く。
「一旦これくらいにして、お昼にしましょうか」
「そうね。正臣はどうする?」
「え?俺も?いい…の?」
「ええ。沙月の言い方だと、多分、もう少し続くと思うから」
穂花の言葉に、私はコクリと頷いて彼を見据えた。
「正臣の体質の事で、少し話が残ってるよ」
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