15.一度覗き込んでしまえば、最早それが常識の一部になっている。
一度覗き込んでしまえば、最早それが常識の一部になっている。
二度目に見た時には、最初に見た驚きは半減していて、三度目は最早驚かない。
だからよく言うだろう?最初が肝心だってさ。
「さっき、気づいてたな?」
諦めて声を出す。
正臣はコクリと頷いて、狐面を返してきた。
「シュールだったから、笑わないように必死だったよ」
「そう。まんまと騙されたわけか。で、何処まで見た?」
苦笑いを浮かべる彼の方へ一歩踏み出し、睨みつけて一言。
普段、彼に絶対使わない声色で尋ねると、正臣は驚いて体を仰け反らせた。
「え?」
「何処まで見た?」
冗談を言わず問いただす。
彼は困った顔を浮かべると、横に目を反らした。
「え…と。なんか手が黒く光ってたこととか?」
「他には?」
「音楽室で誰かと話してた?…音楽室で何かしてたよね」
「そう」
答えを聞いて一歩引き下がり、緊張を解いて小さくため息を一つ。
両手を上げて、首を左右に振って見せた。
「沙月?」
「この後、時間ある?」
「え?」
「時間、あるの?ないの?」
「あ、ある!けど…どうしたのさ」
「どうかしてるからよ。私も、そっちも。謝らないといけないのは、私の方」
その言葉に、心配そうな顔を浮かべてくれる正臣。
それを見て、背中のムズ痒さに負けて、素っ気ない感情が滲んできた私は、グイッと彼の手を引いて体を近づけた。
「さ、沙月!?何を…!」
彼の反応を見て微かに口元を笑わせると、顔を寄せて小声で言った。
「今、血が足りてないの」
通じない冗談を一つ、それを聞いて唖然とした彼の手を引き廊下を歩きはじめる。
「さっき見たことは、誰にも言わないでね」
一先ず目指す目的地は、私達の教室まで。
その戻り際に、こういう時のお決まりとなった言葉を投げかける。
「そうだと思った。まぁ、言っても、沙月だしね」
「何よ。だしねって」
「怖がられてるじゃない。信じる人多いと思うよ?」
「言ってみなさい。初詣の時以上に苦しめてあげるから」
冗談に乗って返して彼を見ると、顔が青くなっていた。
横目に見て、笑みを深めると、ヒラヒラと手を振って見せる。
「ま、私はそこまで出来ないから安心して」
「…安心してって。出来る人がいるみたいな言い方だけど」
「えぇ。然るべき知り合いに頼めば出来るでしょうね」
「冗談になってないよ」
青い顔のまま、苦笑いを浮かべる正臣。
そうこう言ってるうちに、私の教室まで戻って来た。
「正臣は、もう帰れるの?」
「うん。さっき用事終わったばっかだったから」
「そう。…そう言えば、何で学校さ来てたの?」
「いやぁ、是枝陀先生にお使い頼まれててさ」
「是枝陀先生に?はぁ?…」
「色々と回る羽目になったな。家庭科室に、放送室に、さっきの理科室に」
そう言いながら、彼は帰る準備を始めた。
彼の言葉に、さっき回っていた場所の名前が出る度、微かにビクッと反応する。
「そこで何してたのさ」
「今週の授業の準備の為に資料を置いて回ってただけだよ。先生、若いから色々頼まれやすいんじゃないかな」
「そうしたら、頼まれた分を頼まれた…と」
「そう。ちょくちょく手伝ってたんだけど、今回のは驚いたな」
「でしょうね」
「資料が今朝までかかる人もいたらしくって。先生は今日、用事で来れないし。明日は工事あって無理だから。じゃぁ、って感じで俺がやってたわけさ」
正臣の言葉に頷きつつ、"やり残した"事を思い浮かべる。
出来ればすぐ調べに行きたいが、それは後でも、母様に任せても、明日来ても良い話。
大きな問題はあれど、学校で正臣が悪霊に悩まされなくなったはずだし、何より、そんな彼に私の事がバレてしまった後始末が先だった。
「そう。親切なのは相変わらずだけど。他の先生方を見る目が変わったな」
「今更だよ」
「知ってる」
そうこうする間に帰る準備を終えた正臣は、私の傍までやってくるなり、目を丸くした。
「上着は?」
「駄目になった」
「はぁ?外寒いよ?」
「すぐそこだし。大丈夫」
クスッと笑って、さっき先生に貫かれたお腹の辺りをさすってみせる。
「さっき、お腹を刺されたばかりでね」
冗談っぽい口調。
だが、今の彼には通じないらしい。
苦笑いを浮かべつつ、眉を潜めていた。
「冗談に聞こえないんだけど」
「血の匂いもするし?」
「こういうのも悪いけど、気になる程度には気になる」
「随分オブラートに包んだね。…正臣以外に見つかる前にさっさと出よう」
申し訳なさげな顔を浮かべる正臣。
彼に小さく笑って見せると、彼もそれにつられて口角を上げた。
「それでさ、沙月。聞いていい?」
教室を出て、この間と同じように生徒玄関まで降りていく最中。
横を歩く彼が尋ねてくる。
「何か?」
「これから俺はどうなる?」
その問いは、ちょっとおかしな声色の疑問形。
ニヤリと笑って、コクリと頷いて見せた。
「藤美弥神社まで来てもらおうかな」
彼の質問に答えて、更に続ける。
「普通の人じゃなくなる覚悟はしておいてよ?」
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