12.学校の七不思議と言うけれど、七で済めばいい方だ。

学校の七不思議と言うけれど、七で済めばいい方だ。

長い間続いていれば、怖い話に昇華されそうな話なんて、幾らでも出て来るものだから。

この学校だって、色々見て聞いて体験して、目の前に出てきたので、9つ目だったかな。


「なるほどねぇ」


人知れず呟いた私の前を、部活に励む、名前も知らない下級生が通り過ぎていった。

3年の中学生生活で初めて、表向きの格好の上から狐面を被った私は、八沙に言われた通り中学校に入り込んで、色々と見て回っている。


調査対象は、私が良く知る人物、"是枝陀有希子このえだゆきこ"。

1年の頃から教科担任として関わりがあり、3年では私のクラスの担任になった。

八沙からの報告を元に調べてみると、彼女に関して色々な発見があるものだ。


「気づかないものだよね」


誰にも聞こえない呟きを1つ、それと共に、メールで沙絵と八沙に結果を告げる。

直ぐに返事が返ってきて、それを確認した私はもう少し学校に長居することになった。


朝から忍び込んで、2時間ちょっとかけて見つけた"妖の痕跡"を最初から辿りなおす。

背中に背負った鞄を背負いなおし、最初に向かう"痕跡"は、職員用玄関の下駄箱にあった。


「これだって、傷隠しにしか見えないよね。まぁ、普段は入れないから気づけないけど」


彼女の名が付けられた下駄箱の中に手を入れる。

ちょっと苦労しつつ、爪を使って剥がしたものは、どす黒く汚れた呪符だった。


「6分の1。記念すべき第一歩。これで御呼び出しがかかるかな」


呪符に軽く念を込めて滅すると、そのまま次の場所へ。

次の場所は、家庭科室。

周囲を確かめつつ、教室の中に入って目当ての場所へ。

そこは、私や穂花、楓花が好んで使う一角。


「この裏側」


大きな調理台の裏側、普段ならまず手を触れないであろう場所に貼られた呪符を剥がした。


「修行不足が身に染みるよ。あっちは私達の事を調べられた立場なわけだし」


狐面の裏で気だるげに呟くと、そのまま次の場所へと足を動かす。

階段を上がって、私の教室の前を通り過ぎ、その奥の職員室も過ぎて、更に歩いた先。

この間、悪霊に憑りつかれた正臣が入っていった空き教室が、3つ目の目的地だ。


「お?」


さっきまでと同じ流れ作業だろう。

そう思っていた私は、思わぬ光景に手を止めた。

確認した時には貼られたままだった呪符。

その呪符は、微かに剥がれかけて、その役目を終えようとしていた。


「なるほどぉ。貴女からの同胞の匂いはぁ、お家だけが理由じゃ無かったんだぁ」


背中側から聞こえた声。

変に語尾を伸ばす、間延びした声。

バッと振り返ると、前の扉の枠に、私より小柄な女が寄り掛かってこちらを見つめていた。


「Good Morning!入舸さん。ご機嫌如何?」


普段の声に戻った声色。

私に手を振って見せると、艶やかな黒い長髪がフワリと揺れた。


「良いの?受験勉強しなくって。入舸さん、内申は良いけど、怖いのは本番よ?」


狐面を被ったままの"顔を見せない"私に、怖いくらい普段通りの言葉を投げてくる。

スッと半分ほど面をずらして、更に顔から面を離すと、変わらぬ様子の姿がそこにあった。


「警戒しないで良いのよ?今は昼間。ホラ、すぐそこに他の先生もいらっしゃるから」


そう言って、皺の無い顔を不気味にニヤつかせて、教室内に入ってくる。


「よく、ここに来れましたね」

「お呼びだしがあったんだもの。結界が2つも破られたのよ?こんな短時間で!」

「それで、ここに?」

「そうに決まってるじゃない!どれだけの血と汗と涙の結晶だと思ってるの?」

「こっちも困ってるんですよ。"境"は守ってもらわないと」


そう言って、外したお面を被ると、視界にお面越しの世界が映り込んだ。

刹那、目の前の若い女教師の姿が、何時か見た骸骨姿の妖へと変わっていく。


「嫌!人なんてその辺に生えてるんだから!収穫しないと流行りの若い骨が育っちゃうじゃない!」


若い女の姿から、手足が骨に置き換わり、体が侵食されるように変化していった。

その姿は、この間見た妖よりは小柄で、とても弱々しく見える。


「は?流行?骨…?骨?」

「そうよ!彼ったらあんなに格好良かったのに!あぁ!彼を消したのは貴女ね!」


歯を食いしばりつつ、引きつった表情、硬い動きの目を動かすと、先生を形作る骨は、1人の人間の骨では無い事が分かった。


「は!血と汗と涙ねぇ。それ、比喩表現であってます?」


その姿を見て嘲るように煽り文句を吐き出すと、左手を右袖に突っ込ませた。


「エエ!アッテマスヨ!アッテマス!」


先生だった何かは、目の前で狂乱し始める。

乱雑に振るわれた右手が頬を掠めていた。

その次は左、右足…一回転して左足。

全ての攻撃を軽々躱して、左手に呪符を抜き出しポーズを決める。


「良いんですか?派手にやっちゃって?」

「ダマレ!キメタ!サツキ!ソノカラダヲヨコセ!!!!!!!!!」


目の前の妖は、最早人間世界には届かない金切り声を上げて襲ってきた。


「全くもう」


再び振るわれた右手を軽々といなしてみせる。

そのまま右手を掴み、勢いのままにクルリと体を捻ると、小柄な骸骨は宙に浮いて半回転。


「先生、焦りは禁物ですよ。細かなミスが目立ちますね」


色のない瞳に目を合わせて一言。

何時かテストを返されたときに言われたセリフを、そっくりそのまま返してやった。


「ただ、この部分はオマケです」


先生の声真似を続けて、手にした呪符を骨に貼り付ける。

同時に念を流し込むと、その呪符は真っ赤な輝きを放った。


「チェ!」


赤く輝いた呪符の色を見た私は、そう叫んで顔を歪める。

目の前の表情のない骸が、微かにニヤリと笑った気がした。


「焦りは禁物よ、入舸さん。本当にぃ、細かなミスが目立ちますねぇぇぇぇ!!!!」


耳元で囁かれた一言。

取っ組み合いの姿勢のまま、時が止まった。

刹那、全身から嫌な汗が吹き出てきたと同時に、腹部に感じる嫌な衝撃。


「ガッ……ハ……!!」


歪な左腕を作り上げた骨が、お腹を文字通り突き破る。

一瞬の後に血がこみあげ、目の前の骨目掛けて濁った血を吐き出した。


「あらぁ、骨が無いぃ…?」

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