13.油断したわけじゃないのに、油断してたみたいな時がたまにある。

油断したわけじゃないのに、油断してたみたいな時がたまにある。

あえてそうしてみた時に限って、それを誰かに見られて勘違いされるのだ。

それを否定しようと躍起になっても、結局傷口を広げるだけだから、黙って受け入れるほかないのだけれど…


「それにしてもぉ、やっぱり脆いですねぇ、人の体ってぇ」


土曜の昼、休みの日の学校の、誰も使わない空き教室。

人に化けていた妖に、腹を貫かれたまま抱きかかえられていた。


「汗なんてねぇ、かいたこと無かったんですよぉ。初めての体験でしたぁ」


目を見開き、細かく震える私の耳元に、先生の声が響いてくる。

ポツリと、頬に水滴が落ちてきた。

気づけば、腹部を突き刺す骨以外の部分が、先生の姿に戻っている。


「不思議な世界ですよねぇ。言葉って言うんですかぁ?この世界に行った連中はぁ、言葉を話すようになって帰ってくるんですよぉ。言葉ぁ、一番の土産物でしたねぇ…………」


淡々とした独白。


「気になるわぁ。だからぁ、ここに住み着く子たちを使ってねぇ…………」


語り続けながら、腹部に刺さった骨は、ぐりぐりと傷口を広げていく。

腹部は徐々に熱くなってきて、私の口元から、放つつもりも無い悲鳴が漏れ出てきた。


「ねぇ、どうしてぇ?こっちじゃぁ、何もできない出来損ないがぁ、どうしてよぉぉ?」


刺さった骨が抜き取られる。

体を貫く一番の痛みに、甲高い悲鳴が上がった。

力の入らない体には、最早何の支えも無い。


「あ……ぁ……それは…難しい、質問」


力なく背中側に倒れていく。

歯を食いしばって引きつりながらも、しっかりと"笑み"を浮かべながら。


「その質問には、答えられないですね」


言葉と共に目を見開いて、左手を突き出す。

血に濡れた手の先、指に挟まっていたのは、金色に輝く一際大きな呪符。


「嘘…!」

「カハッ!食らえ!」


溜まった血を吐き出しながら叫んだ刹那。

人の世界にも届きそうな轟音が教室中を貫いた。


「…」


辺り一面が金色に染まった数秒後。

視界に映り込んだのは、空き教室の天井だった。


「あー…」


気だるげに口を開いて、大穴が開いたお腹に手を載せる。

血濡れた感触が伝わって来たが、そこから"中身"までは探れなかった。


「"人の体"だと脆いんだけどねぇ」


お腹の具合を確認して、ゆっくりと状態を起こす。

さっきまでの痛みが嘘の様に引いているものの、残った血はしっかりと私の血。

狐面を外すと、ほんの少しだけ頭が重くなる。


「片付けは…大したこと無いか」


見回してみると、空き教室は思ったよりも荒れていなかった。

今いる真ん中付近が、血で汚れているだけ。

考えてみれば、派手に動かなかったから、当たり前と言えばそれまでなのだが。


「着替え持ってきて大正解」


背中で潰れていた鞄を床に下ろして中身を覗き込む。

制服は1つしか持ってないから、着替えは学校のジャージだ。


「あー…ジャージなら替えがあったのか」


ジャージを見て一言、後悔してももう遅い。

小さくため息を付くと、血を拭いながらサッと着替えてしまう。

血濡れた制服を鞄に入れて、ボディシートを布巾替わりにして床の血を拭った。


備えあれば患いなし…代償は大きかったが。

そして最後に、空き教室の床を適当に掃けば、元通り…とまでは行かずとも、何かあったとは思えないまでには現状復帰ができた。


「よーし」


元に戻った光景を見ながら、鞄を背負い、狐面を被りなおす。

この時期に先生が"行方不明"になったことの誤魔化しは、母様に任せよう。

そんなことを考えつつ、3箇所目の呪符をようやく処分した私は、空き教室を出て次の場所へ足を向けた。


「おっと」


廊下に戻り、私の教室の前を通り過ぎた時、正臣とすれ違う。

今日の彼は、悪霊に憑かれているようには見えなかった。

少し疲れた顔を浮かべた彼は、気だるげな顔を浮かべたまま教室の中へと消えていく。


「何かあったっけ?」


その様子を横目で見つつ、深追いしないで階段へ。

見つけた"呪符"はあと3箇所に散りばめられている。

それらが、さっき"この世から消した"先生だけのものとは限らない。


「静かだ」



3階まで上がれば、土曜日の学校らしい、閑散とした空気が感じられる。

階段を上がって、ちょっと進んだ先、放送室の扉を開けて入っていった。

目当ては、放送用機材に貼られた大きな呪符。


「ロックバンドですらこんな貼り方はしないよね」


機材の側面に、雑多に斜めに貼られた呪符を取りながら一言。

さっきまでのと同様に、効果は切れかけていた。


「この様子じゃ、放っておけば悪霊騒ぎも収まったのかな」


塵となって消えゆく呪符を見ながらそう呟いて、放送室から次の場所へ。

あと2か所、次の場所は、ここから程近い理科室だ。


廊下を出て、階段から離れるほうへ進んですぐ。

少しくたびれた扉を開けて中に入る。


「さて、どこだったっけか」


入るなりそう呟いて、周囲を見回して、ああ、と思い出して足を進める。

呪符があるのは、家庭科室と同じパターンで、普段私が好んで陣取る台の裏側だ。


向かってすぐに見つけて、呪符を引っぺがす。

その呪符は、まだまだ新しく、触るとヒンヤリ冷たかった。


「これは最近のものか」


妖の貼った呪符を眺めて一言呟いた直後。

何の前触れも無く理科室の扉が開いた。


「!!」


思ってもみなかった事態。

扉の方へ振り返ると、見えたのは、目を見開いてこちらに目を向けた正臣の姿。


「え……どちら様ですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る